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わからないから、とにかく測った。だからこそ実現できた「装着感」(後編)

耳元だけに音を閉じ込めるPSZ(パーソナライズド・サウンド・ゾーン)技術を活用して開発された、パーソナルイヤースピーカー「nwm」シリーズ。今回は、プロジェクトのコンペから参画し、ブランディングと並走しながらプロダクトデザインを担当した83Design・矢野、近藤が開発ストーリーを振り返ります。
装着検証を一から設計し、サンプリングした耳のサイズデータを元に理想の装着感を目指したというこのプロジェクト。その制作過程の中で直面した課題とは……?
「nwm」とは?

「耳元だけに音を閉じ込める」というNTTが独自に開発したPSZ(パーソナライズド・サウンド・ゾーン)機能を搭載した、まったく新しいスタイルを実現するパーソナルイヤースピーカー。耳の穴を塞がず、オープンになっているのに、音漏れが少ない。リモートワークやオンライン会議に最適なアイテムになっている。
具体案を通じて、プロジェクトのディティールを確認
— — 年を明けてからはどうだったのでしょうか。
矢野:1月の段階も、まだ喧々諤々としていた状態でしたね。開発スケジュールはずらせないとのことで、僕らとしては決めなければ前に進めない。クライアント、製造メーカ側とのコミュニケーションは僕たちが直接行っていたので、代理店に対して製品のデザイン開発進捗を積極的にフィードバックして、足並みを揃えながら動いていた感じですね。
近藤:「そもそも主張が強めの外観なのか、控えめなのか」ということが大きなポイントでしたよね。先ほどから話に出ている「こういうことをしたい」という気分は確かにあったんですが、具体的なことはぼんやりしている状態だったんです。

矢野:だから、「金属的な表現を入れた場合、入れない場合の審美性の違い」など、議題に出たことをとにかく形に落とし込んでいく。そうやって、協議しながら案を詰めていきました。具体的には、「こういう入れ方をすると、従来のオーディオブランドっぽく見えるのでやめましょう」などの会話がありましたね。
近藤:そうやっていくと、「このあたりがブランドとしての落ち着き所だろう」というのがわかってきました。
矢野:一方、毎週ブランディングの定例ミーティングにも出席していたので、ブランディング側との認識の修正や視点の追加、また検討事項の整理も行って。
近藤:そうした話し合いで決まったもののひとつに、“不定形さ”がありましたね。

矢野:不定形さはけっこう大きな決定だったよね。
近藤:なんとなく「オーディオブランドと距離を取りたい」という空気感があったので、「真円で硬すぎるとオーディオ機器感が強くなるので、そこを外すためにちょっと崩れた感じにしましょう」と。パッと見みると四角にも見えるんですけど、よく見たら左右非対称の形になっているんです。「そういう要素を盛り込みましょう」というのは、僕たちのアプローチの成果だったのかなと思います。
矢野:これが真円の形だったら、かなり印象が違うものね。
近藤:全然違うと思います。
聞くだけでなく、充電まで含めた価値体験を
— — 結局、イヤホン自体のデザインが完成したのはいつ頃だったのでしょうか。
矢野:「この形でいきましょう」と決まったのが、1月末ですね。同じタイミングで、「カラーバリエーションは1色だけ」というのも決まったのかな。色や塗装については、その後も悩んでいましたね。
近藤:その後、CMF(カラー、マテリアル、フィニッシュ)の詳細を詰める期間に僕らは移行していきます。この作業は形のデザインとパラレルでやる場合もあるんですけど、このときはとにかく早く形を決めなくてはいけなかったので、そちらを最優先にしていたんです。
— — 1月になると、イヤホン以外に充電ケースも検討していたとか。
矢野:イヤホンをスムーズに持ち運びできて、取り出せて、収納できる。あとは、家で充電するときも何か気持ちいい感じがする。「そういう体験を用意できないか」ということをずっと考えてました。
近藤:こだわって提案していたんですが……結果的にお蔵入りになってしまいましたね。
矢野:かなり面白いギミックのプロトタイプまではできていたので、少し残念ではあったよね。
ゴールデンサンプルを検討する
— — 先ほど少し話に出ていた色や塗装の決定はどのタイミングだったのでしょうか。
矢野:2、3月に検討して、決定したのは4月ぐらいだったと思います。製品をつくる場合、その製品を構成する部品1つ1つに対して、他の部品との色の組み合わせを考えながら、各部品の色や質感を決めなくてはいけないんです。そのために色サンプルの板をつくる必要があるんですが、あのときは制作会社さんに何日も丸一日缶詰になって、たくさんのサンプルを見ながらみんなで考えて、「もうちょっと明るく」「暗く」と決めていきましたね。

近藤:商品を売り始めた後に、「やっぱり、この色は違うよね」ということになったら大問題になってしまうじゃないですか。だから、ざっくり言うと、まずは“ゴールデンサンプル”というターゲットの色を決めて、それをベースに製造をしていく必要があるんですよ。
矢野:そもそも色というのは絶対ブレれてしまうものなんです。だから、最初に許される色の上限と下限を決めて、量産ラインの検査工程の際にズレているものを弾いてもらうんです。その中央値がゴールデンサンプルですね。
そして、最終工程へ — —
— — 最後の項目が2022年4月以降となっていますが、このあたりはどんなことをされたんですか。
矢野:僕らがデザインしたのはイヤホンが2つですよね。それらのデザイン自体は決まっているんですけど、それらを現実的に作るため筐体、金型の設計が必要です。そこでも「できる」「できない」というのが出てくるんですよ。それに応じた形状の修正は、時間をかけてやっていましたね。

近藤:終わったのが、たしか4月か5月ぐらいですね。量産に向けての調整なので、どうしても数か月はかかってしまうんです。「ここができないということは、こちらの部品の形を変える必要がある」「その部分だけ新しくアイデアを考えよう」と、そういうことをずっとやっていましたからね。
矢野:素材や色、印刷の問題も出てくるんですよ。「この素材にすると、発色が悪いけど問題ないか」というように。あと、例えば「耳につけたときに音が鳴る」「外したらオフになる」ということを感知する近接センサーがあって、それを機能させるには窓が必要で。その窓の部分は製造メーカーさん側で「どの距離で、どれくらいの明るさだったら反応するか」をテストする必要があるので、それに応じて都度デザイン修正も行いましたね。
近藤:必要に応じて「ここの窓も大きくしなくてはいけない」「そうしたら、この部分の形状も考え直さなくてはいけない」「ネジ丸出しは嫌だから、キャップにしよう」「ちょっとこっちにズラせないのか」「いや、もう基板はフィックスしているので難しい」というように、そういうのを同時にやっていましたね。
矢野:とても地味な作業に聞こえるかもしれませんが、工業デザインでは絶対に必要な作業と思っています。
プロジェクトを振り返って
— — そして、ようやくPSZイヤホンが完成。改めて、プロジェクトを振り返ってみて、いかがでしょうか。

近藤:定量的にデータを取って、装着検証を細かく設計をして、それを元にプロジェクトを進めていくというプロセスはとても印象的でしたね。「どこの点を測るといいのか」という問題が毎回出てくるので、議論を進めるために材料をきちんと整理していく必要があったのはけっこう大変で。でも、そういうことをきちんとやったからこそ、ある種の納得感をクライアントと形成していけたのかなと思います。
矢野:マネージャーの方が、いまだに僕らがつくった装着検証の資料を使ってくれているらしくて。その話を聞いて、「あれをやって本当に良かったな」という感じがしたよ。
近藤:確かにそうですね。
矢野:一方、僕としては少し反省点もあって。というのも、何も決まっていない状況から始まったプロジェクトではあったので、もう少しその状況を生かせたんじゃないかという想いがあるんですよ。クライアントに対して、代理店さんに対しても、僕らの方で決定を促せるような情報を用意して、もしくは考え方を提示して、プロジェクトを引っ張っていくことはもっとできただろうな、と。
もっと言えば、「ブランドはこうあるべきだ」「じゃあ、なんでそう考えたのか」を考えて、さらにそれを有用性、使い勝手以外の部分も含めて競合他社と比べながら、ブランディングや事業の観点から検討する。積極的にそういう提案をしていたら、「どのようにプロジェクトが進んでいたのか」を想像できるし、我々の今後のサービスのヒントにもなりそうだな、と。それは、今後の課題かもしれないですけどね。
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