近年、製品開発の現場において「優れた技術や機能があるのに売れない」「顧客に価値が伝わらない」という課題が深刻化しています。これは、製品(モノ)そのもののスペックを追求するあまり、顧客がその製品を通じて得る体験(コト)の設計が抜け落ちていることが主な原因です。この「技術と顧客の間に横たわる溝」を埋める鍵となるのが、サービスデザインです。
本記事では、工業デザイン事務所である83Designの実務知見に基づき、製品開発プロセスにサービスデザインを組み込むための具体的なステップを解説します。単なるアプリやWebサービスのUI設計にとどまらず、ハードウェアとソフトウェア、そしてビジネスモデルを統合的にデザインするための実践的なロードマップを提供します。
なぜ今、製品開発にサービスデザインが必要なのか?
かつては、高性能・多機能な製品を作れば売れる時代がありました。しかし、技術が成熟しコモディティ化が進んだ現代において、機能だけで差別化することは極めて困難です。顧客は製品そのものではなく、製品がもたらす「課題解決」や「新しい体験」に対価を支払うようになっています。
工業デザインの領域でも、単に製品の外観(スタイリング)を整えるだけでなく、その製品がどのような文脈で使われ、ユーザーにどのような感情をもたらすかを設計する視点が不可欠です。サービスデザインを製品開発に導入することで、以下のような効果が期待できます。
サービスデザイン導入のメリット
| メリット | 詳細 |
| 顧客視点の徹底 | 提供者側の論理(技術・製造都合)ではなく、利用者の視点(ニーズ・文脈)から製品定義を行える。 |
| 「全体」の最適化 | 製品単体だけでなく、購入前後のプロセス、サポート、連携アプリなど、顧客接点全体を一貫性のある体験として設計できる。 |
| 手戻りの削減 | 開発の上流工程で「誰に」「何を」提供するかを明確にするため、仕様策定の迷走や、開発後の大幅な修正を防げる。 |
| イノベーションの創出 | 既存の枠組みにとらわれず、潜在的なニーズを発掘し、新たなビジネスモデルやエコシステムを構築できる。 |
83Designでは、多くの企業が直面するこの課題に対し、工業デザインとサービスデザインを融合させたアプローチで解決を図っています。
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サービスデザインを取り入れた製品開発の全体像
サービスデザインを製品開発に適用する場合、一般的なウォーターフォール型の開発プロセス(企画→設計→試作→量産)とは異なり、顧客の課題発見から始まり、仮説検証を繰り返しながら精度を高めていくプロセスをとります。
これは「ダブルダイヤモンド」と呼ばれるモデルなどで説明されることが多いですが、製造業の実務においては、以下の5つのフェーズで捉えるとより具体的です。
| フェーズ | 概要 | サービスデザインの役割 |
| Phase 1: 課題発見・着想 | 市場の変化や顧客の行動から「事業のタネ」を見つける。 | 潜在ニーズの探索、未来のライフスタイルの可視化。 |
| Phase 2: ソリューション定義 | 誰にどのような体験を提供するかを定義する。 | UX(顧客体験)要件の策定、カスタマージャーニーの設計。 |
| Phase 3: 仮説検証 | プロトタイプを用いて価値と実現性をテストする。 | 体験プロトタイピングによる受容性検証、UI/UXの改善。 |
| Phase 4: 事業性精査 | ビジネスモデルやエコシステムを設計する。 | ステークホルダー間の価値交換(バリューチェーン)の設計。 |
| Phase 5: 事業化・実装 | 製品仕様を確定し、量産・市場投入へ移行する。 | ブランドの世界観を伝えるデザインの実装、CMFの決定。 |
次章から、各ステップの詳細と具体的な手法について解説していきます。
Step 1: 課題発見・リサーチ(インサイトの探索)
すべての出発点は、顧客や社会が抱える「本質的な課題」を見つけることです。技術(シーズ)起点で開発を進めると、往々にして「How(どう作るか)」が先行し、「誰のどんな課題を解決するのか」が置き去りになる「How先行の罠」に陥ります。
サービスデザインのアプローチでは、徹底的なリサーチを通じて、ユーザー自身も気づいていない潜在的なニーズ(インサイト)を探ります。
エスノグラフィ調査(行動観察)
アンケートやインタビューで得られる「言葉」だけでなく、実際の生活現場や使用現場に身を置き、ユーザーの無意識の行動や環境を観察します。
- 手法: ユーザーの自宅訪問、作業現場の見学、シャドーイング(追跡調査)など。
- 着眼点: ユーザーが苦労している点(ペインポイント)、独自の工夫(リードユーザーのハック)、感情の動き。
共感マップ(Empathy Map)
観察で得られた情報を整理し、ターゲットユーザーの感情や思考を深く理解するためのフレームワークです。「見るもの(See)」「聞くもの(Hear)」「考えること・感じること(Think & Feel)」などを整理し、特にユーザーの「痛み(Pain)」と「得られるもの(Gain)」を明確にします。
このステップで重要なのは、技術的な実現可能性を一旦脇に置き、「人間中心(Human Centered)」の視点で課題を深く掘り下げることです。
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Step 2: 顧客体験の可視化と定義(UXデザイン)
課題が明確になったら、それを解決することでユーザーがどのような体験を得られるかを具体的に描きます。ここでは、製品の「機能要件」を決める前に、「UX(体験)要件」を定義することが重要です。
カスタマージャーニーマップの作成
ユーザーが製品やサービスを知り、購入し、利用し、廃棄・継続するまでの一連のプロセス(旅)を時系列で可視化します。
製品単体だけでなく、アプリとの連携や購入体験など、サービス全体でのボトルネックを発見し、全体最適化を図ることができます。
UX要件定義
カスタマージャーニーをもとに、製品が満たすべき体験の質を言語化します。
- 利用文脈: どのような状況(場所、時間、並行作業)で使われるか。
- 操作感: 直感的に使えるか、心地よいフィードバックがあるか。
- 感情的価値: 使用することでユーザーはどんな気分になるべきか(安心感、高揚感、誇らしさなど)。
83Designでは、この段階で技術的な制約を理解しつつも、体験価値を最大化する仕様(インターフェースや形状を含む)をセットで定義します。これにより、「高機能だが使いにくい」製品になることを防ぎます。
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Step 3: アイディエーションとコンセプト立案
定義されたUX要件を満たすための具体的な解決策(ソリューション)をアイデア出しし、製品コンセプトとしてまとめ上げます。
強制発想と構造化(JUMP & STAIRS UP)
83Designでは、アイデア出しにおいて飛躍的な発想を生むアプローチと、論理的に積み上げるアプローチの両方を使い分けます。
- JUMP(直感的アプローチ)
思い込みや固定観念をポジティブに転換し、「もし〜だったら最高だ」という理想の未来から逆算してアイデアを出します。短期間でユニークなコンセプトを生むのに有効です。 - STAIRS UP(論理的アプローチ)
課題を「有用性(Desirability)」「実現性(Feasibility)」「事業性(Viability)」の3つのレンズで分解し、それぞれの要素を満たすアイデアを積み上げていきます。抜け漏れのない堅実な設計が可能になります。
コンセプト・ビジュアライズ
言葉だけのコンセプトでは、関係者間でイメージのズレが生じます。早い段階でスケッチや簡易的なレンダリングを作成し、「未来の製品の姿」を可視化します。これにより、エンジニアやマーケティング担当者と具体的な議論が可能になり、プロジェクトの方向性を統一できます。
Step 4: プロトタイピングと検証(PoC)
机上の空論で終わらせないために、試作(プロトタイプ)を作成し、実際にユーザーに使ってもらって価値を検証します。このフェーズでの失敗は「学び」であり、後の工程での手戻りを防ぐための重要な投資です。
検証の解像度を使い分ける
検証の目的によって、プロトタイプの作り込み具合(忠実度)を変えることがコスト効率を高めるポイントです。
| プロトタイプ | 目的・手法 | 83Designのアプローチ |
| 低忠実度 (Low-Fidelity) | 目的: コンセプトや利用文脈の価値検証 手法: 紙芝居、ダンボールモックアップ | あえて作り込みすぎないことで、被験者が細部(色や形)ではなく「体験の本質」に集中できるようにします。 |
| 高忠実度 (High-Fidelity) | 目的: 操作性、使用感、質感の検証 手法: 3Dプリント、高精細GUI | 「ノイズ」を排除します。中途半端な見た目は「安っぽい」「壊れそう」といったネガティブな印象(ノイズ)を与え、正当な機能評価を妨げます。デザインの力で検証に必要な要素を完成品レベルに引き上げ、純粋な価値検証を可能にします。 |
Step 5: ビジネスモデルとエコシステムの設計
優れた製品ができても、それを届ける仕組みや収益モデルがなければ事業として成立しません。サービスデザインでは、製品を取り巻くビジネス環境全体を設計します。
ビジネスモデル・キャンバス(BMI)
ビジネスの構造を9つの要素(顧客、価値提案、チャネル、収益の流れなど)に分解し、全体像を整理します。「製品売り切り型」か「サブスクリプション型」か、消耗品の継続購入モデルをどう組み込むかなど、収益性を担保する仕組みを検討します。
エコシステム・ビルディング
特に部品メーカーなどが最終製品(BtoC製品)に参入する場合、「作る力はあるが売るルートがない」といった課題に直面します。
自社単独では実現できない価値を提供するために、パートナー企業(アプリ開発者、流通パートナーなど)との連携(エコシステム)を構築し、ステークホルダー間の価値交換を設計図に組み込むことが不可欠です。
Step 6: 実装と事業化(デザインエンジニアリング)
検証を経て確信が得られたコンセプトを、実際の量産製品へと落とし込んでいきます。ここでは、デザインの美しさと、エンジニアリングの要件を高度にバランスさせる必要があります。
- 3Dモデリング: 意匠データと設計データを融合させ、量産可能な形状を作り込みます。
- CMFデザイン: 色(Color)、素材(Material)、仕上げ(Finish)を決定し、製品の質感や品格を高めます。これはブランドイメージを決定づける重要な要素です。
- UI/UX実装: ハードウェアの操作(ボタン、タッチパネル)と、ソフトウェア(画面遷移、音、光)の挙動を統合し、心地よい操作感を実現します。
フューチャー・キャスティング(未来の可視化)
社内決裁や投資家へのプレゼンテーションにおいて、スペック表だけの資料では心が動きません。
フォトリアルなレンダリングCGや利用シーンを描いたコンセプトムービーを作成し、決裁者の脳内に「市場で成功しているイメージ」を直接植え付けることで、論理だけでは突破できない承認の壁をクリエイティブの力で突破します。
まとめ
製品開発におけるサービスデザインとは、単に「気の利いたサービス」を付加することではありません。それは、「技術(シーズ)」と「顧客(ニーズ)」の間にある溝を埋め、持続可能なビジネスとして成立させるための統合的な設計プロセスです。
- 課題発見: ユーザーの潜在的な悩みを深く理解する。
- 体験定義: 製品を通じて提供する理想のUXを描く。
- コンセプト: アイデアを可視化し、方向性を定める。
- 検証: プロトタイプで価値と実現性をテストする。
- ビジネス設計: 収益モデルとパートナーシップを築く。
- 実装: 量産可能な形へと美しく落とし込む。
これらのステップを踏むことで、独りよがりな製品開発から脱却し、市場に愛され、長く使い続けられる製品を生み出すことができます。83Designは、工業デザインの専門性だけでなく、こうした事業開発の視点を持ち合わせることで、クライアントの技術を「市場価値」へと変換するパートナーとして伴走します。
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