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音響機器のデザイン―歴史的製品の事例から学ぶ、製品価値を最大化する要素とは?


音響機器市場は技術革新の速度が緩やかになり、各メーカーの製品性能が拮抗する成熟期を迎えています。ノイズキャンセリング技術やハイレゾ対応といった機能は今やスタンダードとなり、純粋な技術スペックだけで競合他社と差をつけることが困難な時代に突入しました。このような市場環境において、製品デザインが企業の競争優位性を決定づける重要な戦略要素として再認識されています。

なぜ今、音響機器のデザインが企業競争力を左右するのか

現代の音響機器市場では、技術的な差異が縮小する一方で、デザインの重要性が急速に高まっています。Apple社やSamsung社が2000年代以降に市場で成功を収めた要因を分析すると、革新的な技術開発だけでなく、洗練されたデザイン戦略が大きな役割を果たしていたことが明らかになります。日本企業においても、従来の品質や生産性を重視する姿勢から一歩進み、デザインを競争優位性の核心に据える戦略的な転換が求められています。

成熟市場で勝ち残るための差別化要因

音響機器市場の成熟化に伴い、製品の基本性能や機能面での差異はますます小さくなっています。高音質化技術やワイヤレス接続、長時間バッテリーといった要素は、もはや差別化要因ではなく必須条件となりました。

このような環境下で企業が生き残るためには、技術的優位性以外の価値創造が不可欠です。1980年代にマーケティング研究者のコトラーらは、消費者の購買決定において製品の外観が重要な役割を果たすことを指摘し、競合製品との差別化においてデザインが強力な手段になると論じました。

特に成熟市場では、デザインこそがブランドの個性を体現し、消費者に選ばれる理由を創出する決定的な要素となります。製品デザインは単なる外観の美しさを超えて、ブランドの哲学や価値観を視覚的に表現し、ユーザーとの感情的なつながりを構築する重要な接点として機能しています。

現代の消費者は、同等の性能を持つ製品群の中から、より優れたデザインや使用体験を提供する製品を選択する傾向が強まっています。この消費者行動の変化に対応するため、多くの企業がデザイン部門への投資を拡大し、外部のデザインコンサルティング会社との協業を積極的に進めています。

機能性能の均質化時代に「選ばれる理由」を作るデザインの役割

単に音質が良いだけでは製品が売れない時代において、企業は「なぜ自社の製品を選ぶべきか」という問いに対して、デザインを通じて明確な答えを提示する必要があります。

製品デザインには、ユーザーの感性に訴えかけ、「このブランドらしさ」や「この製品でなければならない理由」を感じさせる力があります。ソニーは自社のヘッドホン製品をファッションアイテムとして位置づける戦略を展開し、若年層、特に女性ユーザーの支持を獲得することに成功しました。

世界各国の市場調査によると、ソニーのワイヤレスヘッドホンが高いシェアを獲得している要因として、ヘッドホンが単なる音響機器の枠を超えてファッションアイテムへと進化した点が指摘されています。カラー展開やスタイリッシュな形状により、「持っていて誇らしい」「身につけて映える」デザインが、性能以上の価値として評価されているのです。

消費者は製品の体験全体を重視するようになり、技術的なスペックよりも感情に訴える価値に対して対価を支払う傾向が強まっています。初代iPodの成功は、この傾向を象徴的に示す事例です。技術的には他社製品と比較して特別優れていたわけではありませんが、象徴的なデザインと革新的なクリックホイール操作、そしてソフトウェアとの統合により、新たな文化現象を生み出すことに成功しました。

デザイン投資のROI―ソニー、JBLが証明する市場シェアとの相関性

デザインへの戦略的投資は、具体的なビジネス成果として明確に現れます。世界市場で高いシェアを維持している企業の成功事例を分析すると、デザイン投資と市場成果の間に強い相関関係が存在することがわかります。

ソニーはヘッドホンやイヤホン分野で積極的なデザイン開発を推進し、その結果として世界各国の市場でトップクラスのシェアを維持しています。特に若い女性層から強い支持を得ており、これは従来の音響機器メーカーが見過ごしていた市場セグメントでした。ソニー製品は価格競争力だけでなく、デザイン面で競合他社より高い評価を受けており、ファッションアイテムとしてのポジショニングが市場での優位性につながっています。

JBLは日本市場におけるデザイン投資の成功例として特筆すべき存在です。ワイヤレススピーカー市場において日本国内シェア7年連続No.1を記録し、グローバル市場でもトップシェアを誇ります。その成功の背景には、プロフェッショナル由来の確かな音質に加えて、多様なライフスタイルに対応する幅広いラインナップと、優れたデザイン性があります。

片手で持てるコンパクトさや多彩なカラーバリエーション、防水防塵対応など、音質だけでなくデザインと機能性を兼ね備えた製品開発により、市場での強固な地位を確立しています。オレンジやブルーといったビビッドなカラーの製品展開は、ブランドのアイコンとして認知され、多くのユーザーから支持を集めています。これらの企業の成功は、デザイン投資が単なるコストではなく、明確なリターンを生む戦略的投資であることを証明しています。

ヘッドホン・イヤホンのデザイン戦略

ヘッドホンやイヤホンは「身につける製品」という特性から、他の音響機器とは異なる独自のデザイン戦略が求められます。装着感や音質といった機能的側面と、ファッション性や個性表現といった感性的側面を高度にバランスさせることが、成功する製品デザインの鍵となります。現代のヘッドホン市場では、これらの要素を統合的に考慮したデザインアプローチが、製品の市場競争力を決定づける重要な要因となっています。

装着感とファッション性の両立―ヘッドホンデザインに求められる5つの要素

ヘッドホンやイヤホンのデザインにおいて、成功する製品は次の5つの要素を高いレベルで実現しています。

1. 装着感の快適さ(エルゴノミクス)
2. 安定したホールド感と可調節性
3. 音質とデザインの両立
4. 耐久性とポータビリティ
5. ファッション性とブランドアイデンティティ

装着感の快適さ(エルゴノミクス)

長時間の使用でも疲れを感じさせない軽量設計と、頭部や耳への自然なフィット感を実現する形状設計が鍵となります。デノンなどのメーカーは人間工学に基づいた形状開発により、耳への圧迫を最小限に抑えるカナル型イヤホンを開発しています。重量バランスやクッション素材の工夫も含め、快適性はデザインの最優先事項といえます。

安定したホールド感と可調節性

ユーザーの頭部サイズや耳の形状は個人差が大きいため、柔軟に調整できる機構が不可欠です。同時に、動いてもズレにくい安定性も確保する必要があります。ソニーWH-1000XM5では無段階スライダーを採用し、どの位置に伸ばしても見た目に段差が生じない工夫がなされています。

音質とデザインの両立

ドライバーユニットの配置やハウジング形状は音質に直接影響しますが、同時にデザイン的な美しさも損なわない設計が求められます。イヤホンでは、耳に収まるコンパクトさと音響特性を両立するために形状を精密に計算し、ヘッドホンではハウジングの角度や密閉/開放型の違いなど、機能面とデザイン面のバランスを取る必要があります。

耐久性とポータビリティ

毎日の持ち運びや頻繁な着脱に耐える堅牢性と、携帯性を両立させる設計が必要です。折りたたみ機構やケーブル着脱部など可動部の強度も重視点であり、同時にケースに収まるサイズや絡みにくいコード設計なども含めてトータルでデザインする必要があります。

ファッション性とブランドアイデンティティ

ヘッドホンやイヤホンが身につけるアクセサリーとしての側面を持つため、特に重要です。見た目のスタイリッシュさやカラーバリエーションの豊富さ、服装とのコーディネートを楽しめるデザイン、そしてブランドらしさを主張するアイコニックな要素(ロゴや形状)が、ユーザーが「自分らしさ」を表現できる選択基準となります。

ソニー WH-1000XM5:無段階スライダーが実現した「見えない技術」の美学

ソニーのノイズキャンセリングヘッドホン「WH-1000XM5」は、機能とデザインの融合を高いレベルで実現した製品です。特に注目すべきは、ヘッドバンド部分のサイズ調整機構に採用された無段階スライダーです。

https://www.sony.jp/headphone/products/WH-1000XM5

従来のモデルでは段階的に調節するタイプが一般的でしたが、WH-1000XM5では抵抗感なくスムーズに伸縮できる無段階式を採用しました。この機構により、調整後も外観に継ぎ目や段差が現れず、常に一体感のある美しいシルエットを保つことができます。

この無段階スライダーの採用は、ソニーが目指す「見えない技術」という哲学の体現といえます。内部には高度なノイズキャンセリング技術や新開発ドライバーが搭載されていますが、それらを主張することなくミニマルな外観にまとめ上げています。

ソニーの開発陣は、この製品について「デバイスを極限まで凝縮し無駄をそぎ落とした」と説明しており、スライダーの無段階化やヒンジ部の内蔵化により、装着時のデザイン性を高めることに成功しています。さらに、WH-1000XM5は折りたたみ機構を廃止しながらも、新開発のフラット形状ケースを採用することで携帯性を確保しています。

Bang & Olufsen Beoplay H95:素材の正直さが生む10万円超の価値

北欧デザインを代表するBang & Olufsen(B&O)のフラッグシップヘッドホン「Beoplay H95」は、素材の持つ魅力を最大限に活かしたプレミアムデザインで知られています。

https://www.bang-olufsen.com/ja/jp/headphones/beoplay-h95

H95の最大の特徴は、アルミニウムと本革という本物の素材によるコンビネーションです。ハウジングからヘッドバンドに至るフレーム部には精密に切削・磨き上げられたアルミニウムが使用され、滑らかな金属光沢が美しい存在感を放っています。

頭に触れるヘッドバンド上面や耳に当たるイヤークッション部には、厳選された上質レザーが贅沢に使用されています。ヘッドバンドにはカウレザー、イヤーパッドにはラムスキンという使い分けがなされ、それぞれの部位に最適な素材が選択されています。

B&Oは「素材を偽らない」というデザイン哲学を持つブランドであり、H95でもプラスチックにメタリック塗装を施すような代替手法は採用していません。冷ややかな金属の質感や革の手触り、経年変化といった素材そのものが持つ正直な表情を前面に押し出しています。これにより、「見た目も触り心地も本物」であることがユーザーに直感的に伝わり、高価格に見合う所有満足感を与えてくれます。

スピーカーデザインの革新と伝統

スピーカーは音響機器の中でも最も長い歴史を持つカテゴリーの一つであり、その設計には音響工学とデザインの両立という永遠の課題が存在します。単なる音を出す機器としてだけでなく、室内に置かれるインテリアの一部としても機能する必要があるため、スピーカーデザインには独特の挑戦と革新が求められています。現代のスピーカー市場では、伝統的な価値観を尊重しながらも、新しい技術とデザインアプローチを融合させた製品が注目を集めています。

インテリアとの調和と音響性能―スピーカーデザインの永遠の課題

スピーカーデザインには創世記から常に「音響性能を追求する形」と「空間に調和する美観」の両立という根本的な課題が存在してきました。大型のスピーカーほど音質面では有利ですが、無骨で圧迫感のある見た目では生活空間に受け入れられません。

現代では、単なる箱型ではないオブジェのようなスピーカーが増加しています。これらは「置くだけでオブジェになるようなデザイン」により、家に音楽を満たすだけでなく空間を彩る役割も果たそうという新しいアプローチです。

透明なアクリルと木材を組み合わせた円筒形スピーカーや、フランス製の家具のような一体型オーディオなど、置物として美しいスピーカーが多数開発されています。これらは音質や機能性を妥協することなく、インテリアに溶け込んだりアクセントになったりする優れたデザインを実現しています。

青森県のブナコスピーカーのように、木材を幾重にも重ねて円筒形に成形した美しい段差模様がインテリアのアクセントになりながら、その構造自体が不要な残響を吸収して透明感のある音を奏でるという、音響工学と意匠性が矛盾しないデザインも生まれています。

JBL L100 Classic:半世紀を超えて愛される「オレンジグリル」の象徴性

スピーカーデザインにおける伝統と革新のバランスを語る上で、JBL L100は象徴的な存在です。1970年代に発売された「L100 Century」は、当時のスタジオモニター4310を家庭向けにアレンジした3ウェイスピーカーで、その鮮烈なオレンジ色のフォームグリルは一種のカルチャーアイコンとなりました。

https://jp.jbl.com/L100+CLASSIC.html

L100のオレンジグリルは、単なる色の派手さ以上の意味を持っています。音響的には、特殊な形状のウレタンフォームによるグリルは音の透過を妨げにくくしながら外光を拡散する機能がありますが、それ以上に「JBLらしさ」を視覚的に体現する強烈な個性として機能しました。

2018年に登場した復刻モデルL100 Classicでも、JBLはその意匠デザインを忠実に踏襲しました。美しいウォルナット天然木仕上げのキャビネットに、ブラック・オレンジ・ダークブルー3色から選べる新設計のQuadrexフォームグリルを組み合わせています。外観はほぼオリジナルそのままでありながら、内部のユニットやネットワークには最新技術を投入しています。

Devialet Phantom:球体フォルムが実現した「見たことのない音響体験」

フランス発の新進ブランドDevialet(デビアレ)が開発した「Phantom(ファントム)」は、スピーカーデザインの常識を覆す球体フォルムと圧倒的な音響体験で世界を驚かせました。

https://www.devialet.com/ja-jp/phantom-speaker

その球形デザインには音響工学的な理由があります。球体は音響的に理想的とされる形状で、エンクロージャー内部で定在波が発生しにくく、音の回折も均一なため、スピーカーから放射される音波が滑らかに広がります。

Devialetはこのメリットを最大化すべくPhantomに独自の球形フォルムを採用し、サイズからは想像できない広大かつ均質なサウンドステージを実現しました。再生周波数は人間の可聴域を大きく超える18Hz~21kHzに達し、一般的なスピーカーでは体験できないような超低域まで再生できます。

Phantomのデザインは圧倒的なビジュアルインパクトも持ち合わせています。真っ白な球体にギラリと輝くメタル加工されたサイドウーファーが、曲に合わせて鼓動する様は、まるで生き物のようです。

ヤマハ NS-5000:ピアノ塗装技術が音質に寄与するという逆転の発想

ヤマハのフラッグシップ・スピーカー「NS-5000」は、伝統の技と最新技術を結集した意欲作です。その中でも特筆すべきは、グランドピアノと同じピアノ塗装仕上げをエンクロージャー全面に施している点です。

https://jp.yamaha.com/products/audio_visual/speaker_systems/ns-5000/index.html

通常、鏡面塗装は外観を美しく高級感を出すためと捉えられがちですが、NS-5000ではそれが音質向上にも貢献する設計要素となっています。ヤマハは自社でグランドピアノを製造する過程で培った黒鏡面ピアノフィニッシュ技術を、このスピーカーのために投入しました。

キャビネットの六面すべてにピアノ専用の下地材・塗料を用い、何度も研磨を重ねることで非常に硬質で均一な塗膜を形成しています。この高硬度塗膜によりキャビネット全体の剛性がさらに高まり、微小な振動までも抑え込む効果が得られます。その結果、スピーカーの不要共振が減り、S/N感(信号対雑音比)の高いクリアな音が実現できると報告されています。

アンプ・インターフェースの機能美

オーディオアンプやレコーディング用インターフェースは、音響機器の中でも特に操作性とプロフェッショナル性が求められるカテゴリーです。多様な入出力端子、各種調整ノブ、レベルメーターなど、複雑な機能を直感的に操作できるインターフェースデザインが必要とされます。同時に、プロフェッショナル機器としての信頼感と堅牢性を視覚的に表現することも重要な要素となっています。

操作の直感性とプロフェッショナル感―アンプデザインの二面性

アンプやインターフェースのデザインには、二つの重要な側面があります。一つは一般ユーザーにも扱いやすい直感的な操作性を提供すること、もう一つは機械としてのプロフェッショナルな信頼感を醸し出すことです。

操作の直感性については、ボリューム調整や入力切替などインタラクションの多い機器であるため、ユーザーが迷わず使えるデザインが不可欠です。録音用オーディオインターフェースのFocusrite社の製品は、シンプルなレイアウトとリング状LEDメーターで定評があります。操作ノブ周囲に光るLEDで入力レベルを「緑=適正、赤=クリップ」と直感的に表示し、初心者でも正しい設定が感覚的に行えるよう配慮されています。

プロフェッショナル感とは、機能性や信頼性が視覚的に伝わるデザインです。堅牢なメタル筐体、精密に刻まれた目盛り、適切なトルク感のノブなど、「プロが使う道具」のような佇まいは製品の格を上げます。

McIntosh MA9000:青いVUメーターが50年変わらない理由

米国McIntosh社のアンプはオーディオ界のロールスロイスとも称されますが、その最大のアイコンがブルーに輝く大型VUメーターです。現在発売されているインテグレーテッド・アンプ「MA9000」でも、左右チャンネル独立のアナログVUメーターが堂々とフロントパネルに配されています。

https://www.mcintoshlabs.com/-/media/Files/mcintoshlabs/DocumentMaster/us/MA9000-brochure-35106500.ashx

このデザインが半世紀以上にわたり踏襲され続けている理由の一つは、ブランドの伝統と顧客の愛着です。McIntoshは1949年創業以来、一貫して黒いフロントパネルにグリーンのブランドロゴ、そして1960年代後半からはブルーのメーターを採用してきました。

もう一つの理由は、機能美として優れていることです。VUメーターは瞬時に出力レベルをアナログ的に視認でき、視覚的にも音のダイナミクスを捉えられる優れたインターフェースです。特にMcIntoshの大きな青いメーターは遠目にも見やすく、ゆったりと動く針が出力に応じて振れる様子は、音楽の躍動を視覚化してくれます。

Focusrite Scarlett:「赤い筐体」がブランドアイコンになるまで

音楽制作の現場からホームスタジオまで幅広く使われているFocusrite Scarlettシリーズは、今や「小型USBオーディオインターフェースといえば赤い箱」といわれるほど、市場での地位を確立しています。

https://focusrite.com/scarlett

Focusrite社は元々プロ向けのアウトボード機器で名を馳せた英国ブランドです。1990年代に「Red Range」という真紅のフロントパネルを持つ高級マイクプリ/イコライザーモジュールを発売し、多くの一流スタジオに導入されました。その伝統を受け継ぐ形で、2011年に一般向けのScarlettシリーズが登場します。

創業者フィル・ダドリッジ氏は「通常のScarlettの赤は、灰色一色だったラック機材に彩りを与えた我々のオリジナルRed Rangeに由来する」と語っています。Scarlettシリーズは高い信頼性と手頃な価格も相まって世界的ベストセラーとなり、2023年時点で累計650万台以上の販売を記録しました。

ポータブル再生機の進化とデザイン

「音楽を持ち歩く」というコンセプトのもと、ポータブル再生機器は時代とともに大きく進化してきました。カセットテープからCD、MD、そしてデジタル音楽プレーヤーへと媒体が変化する中で、デザインの役割も単なる外観の美しさから、革新的なユーザーインターフェースの創出へと拡大してきました。

携帯性と操作性の最適解―ポータブル機器デザインの変遷

ポータブル再生機器のデザインにおいて常に問われてきたのが、携帯性と操作性の最適なバランスです。小型・軽量であることは持ち運びに有利でも、極端に小さいと操作しづらくなります。

1979年に登場したソニーの初代ウォークマンTPS-L2は、その携帯性と操作性のバランスが秀逸でした。ポケットに入る小型サイズでありながら、再生・停止などの操作ボタン類は本体上部に大きめに配置され、歩きながらでも指先の感覚で確実に操作できるよう工夫されていました。

デジタル音楽プレーヤー時代には、何百何千もの曲から目的の曲を素早く見つけ出すナビゲーションデザインが重要になりました。その最適解の一つがAppleのクリックホイールUIであり、携帯性と操作性の課題に対する革命的な回答でした。

ソニー ウォークマン TPS-L2:オレンジボタンが創出した「個人音楽」文化

1979年に発売された世界初のカセットテープ式携帯音楽プレーヤー、ソニー「ウォークマン」TPS-L2は、デザインとコンセプトの力で新たな音楽文化を生み出した伝説的製品です。

TPS-L2の一際目立つオレンジ色のボタンは、本体内蔵マイクで周囲の音を拾い、音楽再生音を一時的に絞って会話を可能にする「ホットライン」機能でした。現代のアンビエントサウンドモードを40年以上前に実現していたわけで、当時としては非常に先進的な機能だったのです。

TPS-L2は、ヘッドホン端子を2つ備えていた点も画期的でした。ソニーの創業者の一人である盛田昭夫氏が「恋人同士が一緒に音楽を楽しめるように」と提案したもので、これもまた音楽の楽しみ方を変えるアイデアでした。

Apple iPod:クリックホイールが変えた音楽体験のパラダイムシフト

2001年にAppleが発売した初代iPodは、デジタル音楽プレーヤーの歴史を塗り替える製品でした。その成功要因の中でも決定的だったのがクリックホイール式インターフェースという優れたデザインソリューションです。

iPodは「1000曲をポケットに」持ち歩けるよう大容量HDDを搭載し、同時にその膨大なライブラリを快適に閲覧・選択するためのUIとしてホイール型操作盤を採用しました。片手の親指一本で直感的にプレーヤーを操れる点が画期的でした。

iPodの成功により、Appleはポータブル音楽プレーヤー市場で圧倒的な利益率を獲得し、その後のiPhone開発へと繋がる礎を築きました。

長寿製品に学ぶ、10年後も価値を失わないデザインの5原則

技術の移り変わりが激しい現代にあって、10年以上にわたり愛され続ける製品には、それ相応の普遍的なデザイン価値が宿っています。ここでは長寿命な名作オーディオ製品の事例から抽出できる、歳月を経ても色褪せないデザインの原則を5つにまとめます。

1. 普遍性を追求する―流行に左右されないデザイン要素
2. 一貫性を保つ―ブランドDNAを守りながら進化させる
3. 五感に訴える―触覚・聴覚・視覚を統合したデザイン
4. 長く使える―修理・アップグレードを前提とした設計
5. 物語を込める―製品に愛着を生むエモーショナルな価値

原則1:普遍性を追求する―流行に左右されないデザイン要素

長く価値を保つ製品は、一時の流行や奇をてらった装飾に頼りません。シンプルで調和の取れた形状、ベーシックなカラーリング、そして本質的な使いやすさといった普遍的要素を大切にしています。

原則2:一貫性を保つ―ブランドDNAを守りながら進化させる

長く支持される製品・ブランドは、デザインに一貫したDNAを持っています。McIntoshの青いVUメーターやFocusriteの赤い筐体のように、核となる要素は守り抜きながら細部をアップデートしていく戦略です。

原則3:五感に訴える―触覚・聴覚・視覚を統合したデザイン

長く愛用される製品は、単なる道具以上の五感体験をユーザーに提供します。B&O H95の革の質感、McIntoshのボリュームノブの回転フィール、Phantomの視覚と聴覚のリンクなど、細部の演出がユーザーの心を掴みます。

原則4:長く使える―修理・アップグレードを前提とした設計

永く価値を保つには、製品自体が長持ちし、必要に応じて修理や部品交換ができる設計が重要です。消耗部品を交換可能にする、ファームウェアアップデートで新機能を追加するなどのアプローチがあります。

原則5:物語を込める―製品に愛着を生むエモーショナルな価値

製品が長年大切にされる背景には必ず物語があります。ウォークマンの開発逸話、iPodの「1000曲をポケットに」というキャッチコピー、McIntoshの半世紀の歴史など、ユーザーはこうした物語に共感し、製品と心理的な絆を結びます。

音響機器デザインが切り拓く新たなビジネスチャンス

音響機器のデザインは、単に製品の売れ行きを左右するだけでなく、業界の枠を超えた新たなビジネス領域を開拓する原動力にもなっています。テクノロジーの進化と社会的価値観の変化に伴い、音響機器デザインはこれまでにない市場機会を生み出しています。

店舗・ホテル向け空間演出―インテリアと一体化する音響デザインの需要拡大

空間デザインと音響機器デザインの融合は、新たなビジネス領域として急速に成長しています。商業空間において、音響機器がインテリアの一部として組み込まれるケースが増加しています。

高級ホテルのラウンジでは、北欧デザインの美麗なスピーカーがインテリアオブジェ兼BGMスピーカーとして配置されています。ホテルチェーンのブランドカラーに合わせた特注色スピーカーや、店舗のロゴ入り特製スピーカーなど、BtoB向けのデザイン提案も可能となっています。

部品交換で長く使える設計―サステナブル時代の新しいビジネスモデル

環境意識の高まりと共に、「使い捨てずに長寿命化できる製品」を求める消費者の声が拡大しています。音響メーカーが交換キットを販売したり、オーバーホールサービスを行うことで、新品を売るだけでなく既存ユーザーから継続収益を得るモデルが確立されつつあります。

バーチャル空間での音楽体験―ゲーム・メタバース市場が求める新しいデザイン

VRコンサートやゲーム内の音響デバイスのデザインが重要になっています。音響メーカーが自社製品デザインをゲーム内アイテムとしてライセンス提供するビジネスも考えられます。メタバース空間では、音響機器デザインがデジタル財(NFT等)としても価値を持つ可能性があります。