現代の公共交通機関において、利用者が求めているのは単なる「A地点からB地点への移動手段」だけではありません。安全性や定時運行は当然の前提とした上で、快適性、分かりやすさ、そして移動そのものの心地よさを含む「総合的な移動体験(UX)」が厳しく問われる時代となりました。
公共交通機関におけるサービスデザインとは、車両や駅舎といった「ハードウェア」と、案内表示やアプリケーション、接客といった「ソフトウェア」を統合的に設計し、利用者にとってストレスのないシームレスな移動環境を構築する手法です。
本記事では、工業デザイン事務所である83Designの視点から、公共交通機関におけるサービスデザインの重要性、具体的な構成要素、そして複雑な課題を解決するための独自のプロセスについて解説します。
公共交通機関におけるサービスデザインの定義と重要性
公共交通機関のサービスデザインとは、鉄道、バス、航空機などの輸送サービスにおいて、利用者が自宅を出てから目的地に到着するまでの「すべての接点(タッチポイント)」を最適化するプロセスを指します。
これは、車両のスタイリングを洗練させることだけを意味しません。券売機のユーザーインターフェース(UI)、駅構内の導線計画、乗り換え案内、待ち時間の快適性に至るまでを包括的にデザインし、一貫した体験を提供することを意味します。
なぜ今、この視点が重要視されているのでしょうか。その背景には、以下の社会的な要請があります。
- MaaS(Mobility as a Service)の進展:複数の交通手段を統合して提供する動きが加速し、異なるサービス間のシームレスな連携が不可欠になっています。
- インバウンド需要と多言語対応:言語能力に依存しない、直感的な案内デザイン(ピクトグラムやサインシステム)の必要性が高まっています。
- 高齢化社会とバリアフリー:身体的制約のある利用者も含め、誰もが安全かつ公平に利用できるユニバーサルデザインが求められています。
- 競争力の維持:移動手段が多様化する中で、選ばれる交通機関になるためには「体験の質」こそが最大の差別化要因となります。
従来の機能重視型設計とサービスデザインの違い
従来の製造・運用視点での設計と、サービスデザインを取り入れた利用者視点の設計には、アプローチにおいて決定的な違いがあります。
| 比較項目 | 従来の設計アプローチ | サービスデザインのアプローチ |
| 主眼 | 車両の性能、耐久性、コスト効率 | 利用者の移動体験、感情、行動 |
| 設計範囲 | 車両、改札機などの「モノ」単体 | 自宅から目的地までの「一連の流れ」 |
| 情報の扱い | 管理側の都合(禁止事項の掲示など) | 利用者の視点(必要な時に必要な情報を) |
| 解決策 | 設備投資、ハードウェアの更新 | アプリ連携、サイン計画、空間演出の統合 |
| 評価指標 | 稼働率、定時運行率 | 顧客満足度(CS)、NPS(推奨度) |
従来のアプローチが決して誤りというわけではありませんが、利用者の満足度を高め、持続可能な事業運営を行うためには、サービスデザインの視点を統合することが不可欠です。
公共交通機関を構成する3つのデザイン要素
優れた移動体験を提供するためには、ハードウェアとソフトウェアの両面からデザインを構築する必要があります。これらは独立して存在するのではなく、互いに補完し合う関係にあります。
1. ハードウェアのデザイン(車両・設備)
利用者が直接触れる物理的な要素です。ここでは「安全性」と「快適性」が最優先されますが、同時に地域のブランドアイデンティティを表現する重要な媒体でもあります。
- 車両外観:地域のランドマークとなるような象徴的なデザインや、都市景観と調和するスタイリング。
- インテリア・座席:長時間の移動でも疲労を軽減する人間工学に基づいたシート設計や、プライバシーへの配慮。
- 手すり・つり革:誰もが掴みやすく、かつ清潔感を保ちやすい形状とCMF(色・素材・仕上げ)の選定。
- 駅舎・待合室:ストレスなく待機できるベンチの配置、照明計画、空調効率の最適化。
Point: 現場観察に基づくインサイト
83Designでは、オランダ・アムステルダムにて駅のベンチを30種類以上調査・分析した実績があります。公共空間におけるベンチは単なる「椅子」ではなく、待ち時間を豊かにする装置であり、都市の景観を形成する重要な要素であると私たちは定義しています。現地の開発者へのインタビューや都市視察を通じて得た知見は、公共空間におけるプロダクト開発の大きな指針となっています。
2. インフォメーションのデザイン(サイン・案内)
広大な駅構内や複雑な路線網において、利用者を迷わせないための視覚的なコミュニケーション要素です。利用者の「認知負荷」をいかに下げるかが設計の鍵となります。
- サインシステム:直感的に方向がわかる誘導サイン、出口番号の統一表記。
- 路線図・時刻表:色覚多様性に配慮したカラーユニバーサルデザインや、多言語対応。
- 緊急時の誘導:パニック時でも瞬時に理解できる、視認性の高い避難経路の表示。
3. デジタルのデザイン(UI/UX)
スマートフォンや券売機を通じたデジタル接点は、MaaSの普及によりその重要性が飛躍的に高まっています。
- 予約・決済アプリ:スムーズなチケット購入、QRコード改札、運行情報のリアルタイム通知。
- 券売機・精算機:高齢者や外国人観光客でも迷わず操作できるUI画面の設計と、ハードウェアとしての操作性の統合。
83Designが提案する課題解決プロセス
公共交通機関のプロジェクトは、関係者(ステークホルダー)が多岐にわたり、安全性やコストの制約も極めて厳しいため、非常に複雑です。83Designでは、こうした複雑な課題に対し、独自のアプローチを用いて解決策を導き出します。
Step 1:カスタマージャーニーによる課題の可視化
まず、利用者の行動を時系列で整理する「カスタマージャーニーマップ」を作成します。「家を出る」「駅に着く」「切符を買う」「改札を通る」「ホームで待つ」「乗車する」「降車する」といった各フェーズにおける利用者の感情や、隠れたストレス(ペインポイント)を徹底的に洗い出します。
- 移動前の不安:「遅延していないか?」「混雑していないか?」
- 駅での迷い:「どっちのホームに行けばいいかわからない」「エレベーターが見つからない」
- 乗車中の不快:「手すりが掴みにくい」「空調が合わない」「次の駅のアナウンスが聞こえない」
これらの課題を可視化することで、ハードウェアで解決すべきか、ソフトウェア(アプリやサイン)で解決すべきかの適切な判断が可能になります。
Step 2:STAIRS UPによる仮説検証
洗い出した課題に対し、解決策を具体化するために、83Design独自のフレームワーク「STAIRS UP」を活用します。この手法では、3つのレンズを通してアイデアを検証し、実現可能な形へと落とし込みます。
- Desirability(有用性):それは利用者にとって本当に嬉しい体験か?(例:座り心地の良いベンチ、分かりやすい案内)
- Feasibility(実現可能性):技術的、物理的に設置可能か?耐久性やメンテナンス性は十分か?公共交通機関では特に「安全性・耐久性」の観点が重要です。
- Viability(持続可能性):導入コストや運用コストは見合うか?長期的に運営できるビジネスモデルか?
公共交通機関のプロジェクトでは、特にFeasibilityとViabilityの制約が厳しいため、デザインの初期段階からこの視点で検証を行うことが、プロジェクトの成否を分けます。
Step 3:プロトタイピングと実証実験
机上の空論で終わらせないために、試作(プロトタイプ)を作成し、検証を行います。
- 物理プロトタイプ:実際の座席や手すりのモックアップを作成し、座り心地や握りやすさを確認します。
- UIプロトタイプ:券売機やアプリの画面遷移を作成し、操作に迷いがないかテストします。
- 空間シミュレーション:改札やホームの導線を3DモデルやVRで再現し、人の流れが滞らないかを確認します。
83Designの提供サービス詳細|シーズを市場価値へ変える
成功の鍵:エコシステムとしてのデザイン
公共交通機関のデザインは、一企業だけで完結するものではありません。鉄道会社、バス会社、自治体、周辺の商業施設、そして利用者自身が関わる巨大な「エコシステム」です。
83Designでは「エコシステムマップ」を用いて、これらの関係性を可視化します。駅を中心とした街づくり、バス停と商店街の連携、観光地へのスムーズな誘導など、点ではなく「面」でのデザインを提案します。
- 地域との連携:地元の素材を使った駅舎デザインや、地域情報を発信するデジタルサイネージの活用。
- 他交通機関との接続:鉄道からバス、シェアサイクルへの乗り換えをスムーズにする物理的・情報的デザインの統合。
まとめ:移動体験の質が都市の価値を高める
公共交通機関のサービスデザインは、単に車両の見た目を良くすることではありません。利用者の行動を深く理解し、ハードウェアとソフトウェアを融合させ、安全で快適な移動体験を創出することです。それは結果として、利用者の満足度を高め、沿線価値の向上や地域の活性化につながります。
83Designは、製品デザインで培った「使いやすさ」へのこだわりと、新規事業開発で培った「ビジネス視点」を掛け合わせ、公共交通機関の新たな価値創造を支援します。アムステルダムでのフィールドリサーチに見られるような現場起点の観察力と、STAIRS UPのような論理的な検証力を武器に、複雑な公共課題の解決に取り組みます。
83Designのサービスデザイン支援領域:
- リサーチ:現場観察、カスタマージャーニー作成、競合・トレンド調査
- 企画・戦略:コンセプト立案、エコシステム設計、ロードマップ策定
- デザイン:車両・設備のプロダクトデザイン、UI/UXデザイン、サイン計画
- 検証:プロトタイピング、ユーザビリティテスト
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