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医療サービスのユーザー体験(UX)デザインとは?患者満足度と現場効率を高める「モノ」と「コト」の融合戦略


医療技術の進歩は目覚ましいものがありますが、同時に「待ち時間が長い」「説明が専門的でわかりにくい」「院内の移動が不安」「検査機器が冷たくて怖い」といった患者様の不満や、現場スタッフの業務過多による疲弊は、依然として多くの医療機関やヘルスケア企業が抱える共通の課題です。

これらを解決する鍵となるのが、医療における「ユーザー体験(UX)デザイン」です。

これは単に院内の内装を綺麗にしたり、接遇マナーを改善したりすることだけではありません。医療機器(モノ)のユーザビリティから、診療プロセス(コト)、そして患者様の心理的なケアまでをトータルで設計し、医療の質を根本から高める戦略的アプローチです。

本記事では、工業デザインと事業開発の視点を持つ83Designが、医療サービスにおけるUXデザインの重要性、具体的なフレームワーク、そして「選ばれる医療」を実現するための実践的な手法について解説します。


医療における「ユーザー体験(UX)」の正体

医療サービスにおけるUX(User Experience)とは、患者様が医療機関やサービスを認知し、受診や利用を経て、治療を終えるまでの一連のプロセスで感じる「体験の総体」を指します。近年では、特に患者様の視点に立った体験を「PX(Patient Experience:患者体験)」と呼び、医療の質を測る重要な指標として注目されています。

しかし、医療のデザインを考える上で忘れてはならないのが、医療従事者の体験、すなわち「EX(Employee Experience)」です。

使いにくい医療機器や煩雑なシステムは、スタッフのストレスとなり、結果として患者様へのサービス低下や医療ミスのリスクにつながります。真の医療UXデザインとは、患者様(PX)と医療従事者(EX)の双方にとって「快適で、安全で、納得できる」環境を設計することに他なりません。

従来の医療とUXデザイン導入後の違い

従来の機能や供給者の効率を重視した医療と、UXデザインを取り入れた利用者視点の医療の違いを整理すると、目指すべき姿が明確になります。

比較項目従来の医療サービス(機能・供給者視点)UXデザイン導入後の医療サービス(体験・利用者視点)
視点医療を提供する側の効率や都合患者様の感情や行動プロセス、スタッフの使いやすさ
機器・設備高機能だが操作が複雑、威圧感がある直感的に操作でき、心理的な安心感を与えるデザイン
情報の伝達専門用語が多く、一方的な説明視覚的にわかりやすく、対話を促すコミュニケーション
待ち時間「待つのが当たり前」という前提プロセスを可視化し、待機中も価値や安心を提供する
ゴール病気を治すこと(Cure)病気を治し、かつ精神的な満足や安心を得ること(Care)

このように、UXデザインは「治療」というコアな価値を損なうことなく、その周辺にある「不安」や「不便」といった負の要素を取り除き、医療の価値を最大化する役割を果たします。

サービスデザイン事例|4つの業界から学ぶ「体験」の作り方


医療サービスデザインが不可欠な3つの理由

なぜ今、医療分野においてデザインやUXの重要性が叫ばれているのでしょうか。単なるトレンドではなく、経営戦略として取り組むべき必然性があります。

1. 競争激化による「選ばれる医療」への転換

患者様はインターネットで容易に情報を得られるようになり、医療機関を主体的に「選ぶ」時代になりました。高度な医療技術を持っていることは前提となりつつあり、その上で「心地よい対応」「わかりやすい説明」「安心できる環境」といった体験価値が、来院の決め手やリピート(かかりつけ医化)、口コミによる推奨につながります。

2. 医療安全とリスクマネジメント

医療事故の多くはヒューマンエラーに起因しますが、その背景には「わかりにくいインターフェース」「間違いを誘発する似通った薬剤パッケージ」「動線が交錯する配置」といったデザインの不備が存在することが少なくありません。

人間工学や認知心理学に基づいたデザイン(ユーザビリティへの配慮)は、操作ミスを未然に防ぎ、医療安全を物理的な側面から担保します。

3. 治療効果(アドヒアランス)の向上

「デザインが良い」ことは、患者様の治療へのモチベーションにも影響します。

例えば、毎日使う吸入器やウェアラブルデバイスが「使いやすく、愛着が持てるデザイン」であれば、患者様は自発的に治療に取り組みやすくなります(アドヒアランスの向上)。逆に、使いにくく不快なデバイスは治療の中断を招きかねません。デザインは治療のパートナーとしての役割も担っています。

治療機器のデザインが患者の心と体を守る―恐怖心の緩和


工業デザイン視点で見る「医療機器」と「体験」の関係

医療サービスは、医師や看護師による「人」のサービスと、診断装置や治療器具といった「モノ」の機能が複雑に絡み合って成立しています。私たち83Designは工業デザイン事務所として、多くの医療機器開発に携わってきましたが、「優れたUXは、優れたハードウェアデザインなしには成立しない」と確信しています。

「モノ」が「コト(体験)」を阻害するケース

どんなにスタッフの対応が良くても、検査機器が冷たく威圧的な形状をしていたら、患者様は恐怖を感じて体が強張り、正確な検査ができなくなるかもしれません。また、電子カルテの入力画面が複雑であれば、医師は画面ばかりを見て患者様の顔を見なくなり、信頼関係の構築(体験)が損なわれてしまいます。

デザインエンジニアリングによる解決

ここで重要になるのが、技術的な制約(Feasibility)とユーザーの情緒的な価値(Desirability)を統合する「デザインエンジニアリング」のアプローチです。

  • 形状と素材の工夫:角のない丸みを帯びたフォルムや、温かみのある素材感(CMF:色・素材・仕上げ)を採用することで、患者様の恐怖心を和らげます。
  • インターフェースの最適化:直感的に操作できるUI設計により、医療従事者の認知負荷を下げ、患者様へのケアに集中できる時間を創出します。

医療機器の工業デザイン事例8選|医療現場におけるデザインの力


医療現場を変えるデザインフレームワーク実践ガイド

では、具体的にどのようにして医療サービスのUXを向上させればよいのでしょうか。83Designがプロジェクトで使用する代表的なフレームワークと、医療現場での活用法を紹介します。

1. 共感マップ(Empathy Map):患者の「声なき声」を拾う

患者様は医師に対して「痛い」「苦しい」といった身体的な症状は伝えますが、「待合室が寒くて辛い」「説明が難しくて不安だが聞き返せない」といった潜在的な不満(インサイト)は口に出さないことが多いものです。

共感マップを用いて、患者様が「見ているもの」「聞いていること」「考えていること」「感じていること(痛み・期待)」を整理し、表面的なニーズの奥にある本音を可視化します。

  • 活用例:「検査待ちの患者様」をペルソナに設定し、検査着の着心地への不満や、廊下での視線に対する羞恥心などを洗い出し、プライバシーに配慮した動線設計やリネン類の改善につなげます。

2. カスタマージャーニーマップ:「点」ではなく「線」で体験を設計する

来院から会計、帰宅後の服薬管理に至るまでのプロセスを時系列で可視化し、各タッチポイント(接点)での患者様の感情の起伏(テンションカーブ)を描きます。これにより、「どこで不安が高まっているか」「どの接点がボトルネックになっているか」を特定します。

  • 活用例:診察後の「会計待ち」で最も満足度が下がっていることが判明した場合、自動精算機の導入や、アプリによる後払いシステムの導入を検討します。

3. 83Design流「STAIRS UP」:課題を構造化し解決策を導く

「STAIRS UP」は、83Design独自の仮説生成フレームワークです。「Desirability(ユーザーにとっての有用性)」「Feasibility(技術的実現性)」「Viability(事業としての持続可能性)」の3つのレンズを用いて、抽出された課題を分解し、解決策を積み上げていきます。

  • Desirability:患者様は自宅で手軽に検査したいと望んでいる。
  • Feasibility:医療グレードの精度を持つ小型センサー技術は利用可能か?
  • Viability:その検査キットは保険適用内か、または自費でも購入される価格帯か?

このように、理想論だけで終わらせず、現実的に実装可能なサービスモデルへと落とし込みます。


デジタルとフィジカルの融合によるUX向上事例

医療サービスのUX向上において、デジタル技術(アプリ、AI)とフィジカル(機器、空間)の融合は避けて通れません。

ウェアラブルデバイスによる「日常」への医療の拡張

糖尿病や心疾患など、慢性疾患の管理において、ウェアラブルデバイスは強力なツールとなります。しかし、いかにも「医療機器」然としたデザインでは、患者様は日常生活で装着することをためらいます。ファッション性や着け心地を重視したデザインにすることで、患者様の日常に溶け込み、継続的なモニタリング(UX)が可能になります。

ウェアラブル医療機器を「着けたくなる」日常へ

院内ナビゲーションと空間デザイン

大規模な総合病院では「迷子になる」ことが大きなストレスです。これを解決するために、スマートフォンアプリによるナビゲーションと、床や壁のサイン計画(グラフィックデザイン)を連動させる事例が増えています。デジタルとアナログを組み合わせることで、高齢者から若年層まで、誰にとってもわかりやすい移動体験を提供します。


医療サービスデザインプロジェクトの進め方

医療機関やヘルスケア企業がUXデザインに取り組む際の、標準的なプロセスを紹介します。

フェーズ1:観察と課題発見(Observation & Ideation)

まずは現場を知ることから始めます。待合室での行動観察や、スタッフへのヒアリングを通じて、現状の課題を洗い出します。ここで「How(どう解決するか)」に飛びつかず、「Who(誰の)」「What(どんな課題)」を深く掘り下げることが重要です。83Designでは、先入観をポジティブに転換する「JUMP」という思考法を用いて、革新的なアイデアの種を見つけます。

フェーズ2:プロトタイピングと検証(Prototyping & Verification)

いきなり高価なシステムや機器を導入するのではなく、簡易的な試作(プロトタイプ)を用いて検証を行います。

  • 紙芝居やロールプレイング:新しい診察フローをスタッフ同士で演じてみて、無理がないか確認する。
  • モックアップ:新しい医療機器の形状モデル(発泡スチロールや3Dプリント)を作成し、持ちやすさや操作性を検証する。

この段階で「使いにくい」「現場に合わない」といったノイズを排除し、手戻りを防ぎます。

フェーズ3:実装と改善(Implementation & Growth)

検証済みのデザインを実装します。しかし、サービスインはゴールではありません。実際に運用を始めると新たな課題が見えてきます。フィードバックを収集し、改善を繰り返すサイクル(アジャイル的なアプローチ)を回すことが、質の高い医療サービスを維持する秘訣です。


83Designが提供する医療デザインソリューション

83Designは、単なる「色や形」を整えるだけのデザイン会社ではありません。医療現場の複雑な課題を解きほぐし、事業としての持続可能性(Viability)までを見据えたトータルソリューションを提供します。

  • 製品開発:患者様に愛され、スタッフが使いやすい医療機器のプロダクトデザイン。
  • サービス設計:UX起点での診療プロセスやアプリケーションのUI/UXデザイン。
  • 事業開発支援:新規ヘルスケア事業の構想から市場投入(Go to Market)までの伴走支援。

私たちは、「JUMP」による飛躍的な発想と、「STAIRS UP」による着実な検証を組み合わせ、医療の現場に「確かな実現性」と「心を動かす体験」を実装します。

サービスデザインとは?プロダクト開発との連携


まとめ

医療サービスのユーザー体験(UX)デザインとは、患者様の不安を取り除き、医療従事者のパフォーマンスを最大化するための戦略的な取り組みです。それは、使いやすい医療機器(モノ)と、スムーズで安心できる診療プロセス(コト)が高度に融合したときに初めて実現します。

これからの医療経営において、UXデザインは「あったらいいもの」ではなく、「なくてはならないもの」になります。患者様に選ばれ、スタッフが誇りを持って働ける医療現場を作るために、デザインの力を活用してみてはいかがでしょうか。

医療・ヘルスケア事業のデザインに関するご相談

83Designでは、医療機器のプロダクトデザインから、医療サービスのUX設計、新規ヘルスケア事業の立ち上げ支援まで、デザインエンジニアリングと事業開発の視点を融合させたソリューションを提供しています。

「保有技術をユーザー体験(UX)へ変換したい」「医療現場に即したデザイン戦略を立案したい」とお考えの担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。現状の課題整理からお手伝いいたします。

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