新規事業や製品開発の現場において、以下のような壁に直面していませんか?
- 「優れた技術はあるのに、誰に向けてどう製品化すればよいか分からない」
- 「機能は充実しているのに、顧客に選ばれない」
- 「社内の議論が抽象的で、企画が前に進まない」
これらは単なる「見た目(意匠)」の問題ではなく、事業戦略とユーザー体験(UX)の不一致から生じる構造的な課題です。
本記事では、工業デザインにおける「デザイン思考」を、単なるアイデア発想法としてではなく、事業課題を具体的に解決するための「エンジニアリング(実装)手法」として解説します。抽象的な課題を市場価値のある製品へと昇華させるためのプロセスと、私たち83Designの実践知に基づく成功へのアプローチをご紹介します。
工業デザインにおけるデザイン思考の本質とは
一般的に「デザイン思考(Design Thinking)」とは、ユーザー共感から始まる人間中心のアプローチとして知られています。しかし、製造業などのビジネスシーンにおいては、この定義だけでは不十分です。
「思考」から「実装」へ:ビジネスにおける定義
私たちは、ビジネスにおけるデザイン思考を以下のように再定義しています。
デザイン思考とは、不確実な未来を「具体的な形(製品・サービス)」に変換し、検証可能な状態にするための「実装技術」である。
単にユーザーの願望(Desirability)を満たすだけでなく、**技術的な実現可能性(Feasibility)**と、**ビジネスとしての持続可能性(Viability)**を同時に成立させることが、工業デザインにおけるデザイン思考の役割です。
従来のアプローチとの決定的な違い
従来型の開発プロセスと、デザイン思考を取り入れた開発プロセスには、リスク管理と成果物の質において大きな違いがあります。
| 比較項目 | 従来型の製品開発(ウォーターフォール型) | 工業デザイン×デザイン思考型開発 |
| 出発点 | 技術シーズ、スペック要件 (R&D先行・How思考) | ユーザーの課題、あるべき未来の姿 (ビジョン先行・Why思考) |
| プロセス | 企画 → 仕様決定 → 設計 → 製造 → 販売 (一方通行) | 仮説 → プロトタイプ → 検証 → 修正 (反復・イテレーション) |
| リスク管理 | 計画通りに進めることで回避しようとする (後工程での変更は致命傷) | 早期の失敗と学習によって致命傷を回避する (手戻りを前提とした進行) |
| デザインの役割 | 最終工程での「色・形」の整え | 全工程における「価値の可視化」と「問題解決」 |
| 成果物 | 仕様書通りの製品 | 市場にフィットした体験と製品 |
このように、デザイン思考をプロセスに組み込むことで、手戻りのリスクを最小化しつつ、市場競争力の高い製品を生み出すことが可能になります。
事業フェーズ別:デザイン思考が解決する「5つの壁」
多くの企業が直面する「開発の壁」は、フェーズごとにパターン化できます。ここでは、各フェーズで立ちはだかる壁と、それを突破するための具体的なデザインアプローチ(83Designのメソッド)を解説します。
1. 【着想フェーズ】「How先行」の壁
課題:
技術力のある企業ほど、「すごい技術(Seeds)があるから、どう使うか(How)」ばかりを考えてしまいます。ターゲット不在のままプロジェクトが進行し、最終的に「高機能だが誰も欲しがらないもの」が生まれてしまうケースです。
解決策:コンセプト・ビジュアライズ
技術の「点」ではなく、それが社会実装された未来の「面」を描きます。貴社の技術ロードマップと社会トレンド(PEST分析など)を掛け合わせ、3〜5年後に必要とされるであろう「製品ラインナップの姿」を具体的に可視化します。
- 手法: 未来のカタログ作成、利用シーンのイラスト化
- 効果: 逆算的な技術開発指針が得られ、開発メンバーのベクトルが一致する。
2. 【定義フェーズ】「仕様策定」の迷走
課題:
機能要件(スペック)は決まっていても、「ユーザーがどのような体験をするか(UX)」の定義が不十分なケースです。操作が複雑すぎる、利用シーンに合わない形状になるなど、使い勝手の悪化を招きます。
解決策:UX要件定義
「どう作るか」の前に「どう使われるか」を徹底的に設計します。理想の顧客体験(カスタマージャーニー)を定義し、そこから必要な技術要件やハードウェアの仕様を逆算して策定します。
- 手法: STAIRS UP(課題分解フレームワーク)、行動観察
- 効果: ユーザーにとって価値のある機能だけが厳選され、無駄な開発コストを削減できる。
3. 【検証フェーズ】「ノイズ」による検証失敗
課題:
プロトタイプ検証において、被験者から「使いにくい」「壊れそう」といった本質的でないフィードバック(ノイズ)ばかりが集まり、肝心の技術的価値やコンセプトの検証ができないケースです。
解決策:検証用プロトタイピング
検証の目的に合わせて、プロトタイプの「解像度」をコントロールし、ノイズを排除します。
- 紙芝居・ストーリーボード: 機能よりも「利用文脈」を問う場合。あえて実物を作らず、体験価値を問う。
- 高忠実度プロトタイプ: 操作性や技術的価値を問う場合。デザインの力で「完成品レベル」の外観と操作感を作り込み、純粋な評価を得る。
4. 【事業化フェーズ】「出口戦略」の不在
課題:
特に部品・素材メーカーで多いのが、「良い製品は作れたが、売るチャネルがない」「既存顧客と競合してしまう」というジレンマです。ビジネスモデルの不整合により、プロジェクトが頓挫します。
解決策:エコシステム・ビルディング
自社単独での事業化にこだわらず、ビジネス全体の座組(エコシステム)をデザインします。誰と組み、どのように届けるかを設計図に落とし込みます。
- 手法: エコシステムマップ、BMI(ビジネスモデル・イノベーション)フレームワーク
- 効果: パートナー企業との連携や、サービスモデルとの組み合わせにより、持続可能な収益構造を構築する。
5. 【決裁フェーズ】「社内承認」の壁
課題:
現場レベルでは革新的な企画だと確信していても、経営層にその価値が伝わらず、稟議が通らないケースです。数値やスペック表だけでは、新しい市場の可能性やユーザーの感動を伝えることが困難です。
解決策:フューチャー・キャスティング
「まだ見ぬ価値」を、まるで既に存在するかのように可視化します。
- 手法: フォトリアルなレンダリング、コンセプトムービー、投資家向けピッチ資料
- 効果: 決裁者の脳内に「市場で成功しているイメージ」を直接植え付け、論理だけでは突破できない承認の壁をクリエイティブの力で突破する。
83Design独自の思考フレームワーク:JUMPとSTAIRS UP
デザイン思考を実践する上で、私たちは2つの異なるアプローチを使い分けています。これにより、飛躍的なアイデア創出と、堅実な論理構築の両立が可能になります。
| 手法 | JUMP(ジャンプ) | STAIRS UP(ステアーズアップ) |
| アプローチ | 直感と仮説による非連続な飛躍 | 論理的な積み上げによる構造化 |
| 特徴 | デザイナーの観察眼や「気づき」を起点に、一気に具体的な解決策(エリート仮説)を提示する。 | 課題を「有用性・実現性・事業性」の3つのレンズで分解し、一つひとつ解決策を積み上げる。 |
| 有効な場面 | 新規事業の初期段階、停滞した議論の突破、差別化されたコンセプトが必要な時。 | 複雑なシステムのデザイン、失敗が許されない開発フェーズ、説得力のある説明が必要な時。 |
| メリット | 短期間で解像度の高いアウトプットが出る。 議論を一気に前に進められる。 | 抜け漏れがなく、手戻りを防げる。 チームやクライアントの納得感が高い。 |
これらの手法をプロジェクトのフェーズや性質に合わせて使い分けることで、創造性と確実性のバランスを取ることができます。
成功事例から学ぶデザイン思考の実践
実際にデザイン思考のアプローチを取り入れることで、どのように事業課題が解決されるのでしょうか。具体的な成功パターンをご紹介します。
事例1:技術シーズを市場価値へ転換(素材メーカー)
- 課題: 高い吸水性を持つ新素材技術があったが、具体的な製品用途が見出せず、技術アピールに留まっていた。
- アプローチ: 生活者の行動観察(エスノグラフィ)を行い、「濡れたものをカバンに入れるストレス」に着目。「JUMP」の手法を用いて、折りたたみ傘やペットボトル用のポーチという具体的製品を創出。
- 結果: プロトタイプによる検証を経て、自社ブランド製品として市場投入に成功。新たな収益の柱となった。
事例2:複雑化したSaaSのUI/UX刷新(業務システム)
- 課題: 多機能化が進み、ユーザーから「使いにくい」という声が殺到。顧客満足度が低下していた。
- アプローチ: 「STAIRS UP」により業務フローを再構築。ユーザーが達成したいゴール(カスタマーサクセス)を再定義し、不要な機能を整理(断捨離)。直感的に操作できるUIへ刷新。
- 結果: 操作に関する問い合わせ件数が激減し、サポートコストを削減。顧客満足度も大幅に向上した。
事例3:スタートアップの資金調達支援(デバイス開発)
- 課題: 技術的な原理試作はできていたが、投資家に対して製品の魅力や将来性が伝わらず、資金調達に苦戦していた。
- アプローチ: 量産時の最終デザイン(外観・CMF)と、それが社会で使われているシーンを描いたコンセプトムービーを作成(フューチャー・キャスティング)。
- 結果: 「未来の当たり前」を視覚的に提示したことで投資家の共感を呼び、スムーズな資金調達に成功。開発を加速させた。
工業デザイン会社をパートナーにするメリット
デザイン思考は社内で実践することも可能ですが、専門的な工業デザイン会社をパートナーに迎えることで、その効果は最大化されます。
- 客観的な視点と「問い」の再設定
社内メンバーは業界の常識に囚われがちです。外部デザイナーは良い意味で「素人」の視点を持ち込み、「なぜその機能が必要なのか?」「本当にユーザーはそれを望んでいるのか?」という本質的な問いを投げかけ、独りよがりな開発を防ぎます。 - 「可視化」による合意形成の加速
言葉だけの議論は認識のズレを生みます。デザイナーは議論の内容をその場でスケッチや図解にし、プロトタイプとして形にします。「これのことですか?」と具体的なモノを前にすることで、意思決定のスピードが劇的に向上します。 - 多様な業界の知見のクロスオーバー
83Designは、家電、医療機器、日用品、産業機器など、多種多様な業界のプロジェクトを経験しています。ある業界の当たり前を別の業界に応用することで、イノベーションを生み出す「知の結合」を提供します。
まとめ
工業デザインにおけるデザイン思考とは、単に製品の形を整えることではなく、事業の不確実性を減らし、成功確率を高めるためのエンジニアリングプロセスです。
- ターゲット不在の「How先行」を防ぎ、コンセプトを可視化する。
- ユーザー体験(UX)を起点に、最適な技術仕様を導き出す。
- 目的に応じたプロトタイピングで、ノイズのない検証を行う。
- ビジネスモデルまで含めたエコシステムを設計する。
- 未来のビジョンを可視化し、組織とステークホルダーを動かす。
これらのプロセスを通じて、貴社の持つ技術やアイデアを、市場で愛される「価値ある製品」へと変換することが私たちの使命です。
まだ企画が固まっていなくても構いません。「何を作るべきか」を考える段階から、デザインの力は発揮されます。不確実な未来を、共に具体的な形にしていきましょう。
【工業デザインに関するご相談は83Designへ】
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お問い合わせ先:https://83design.jp/contact