IoT(Internet of Things)製品の開発現場において、多くの企業が直面する共通の課題があります。「高機能なデバイスを作ったが、サービスが継続利用されない」「アプリとハードウェアの操作体験が乖離している」という悩みです。
モノがインターネットにつながることが当たり前になった現代、単にハードウェアのスペックや、アプリの機能数を追求するだけでは市場で勝ち残ることは困難です。ユーザーが求めているのは、デバイスそのものではなく、それを通じて得られる「心地よい体験(サービス)」だからです。
本記事では、IoT製品開発における「サービスデザイン」と「工業デザイン(プロダクトデザイン)」の融合がいかに重要か、そしてそれを実現するための具体的なアプローチについて解説します。NTTソノリティ「nwm ONE」など、83Designが実際に手掛けた事例における、技術(シーズ)を顧客価値へ変換したプロセスを通じて、愛されるIoTプロダクトを生み出すヒントを提供します。
IoT製品における「サービスデザイン」の役割とは
IoT製品とは、物理的な「モノ」とデジタルの「サービス」が一体となって価値を提供するものです。なぜ今、工業デザインの領域においてサービスデザインの視点が不可欠なのか。その構造的な理由を解説します。
「モノ売り」から「コト売り」への転換
従来のものづくり(売り切り型)と、IoT製品(継続利用型)では、デザインに求められる役割が根本的に異なります。
IoTにおけるサービスデザインとは、単にアプリの画面を作ることではありません。ユーザーが製品を知り、購入し、箱を開けて設定し、日常的に使い続け、最終的に廃棄または買い替えるまでの「一連の時間の流れ(ジャーニー)」全体を設計することです。
ハードウェア(工業デザイン)は、この長い時間の流れの中で、ユーザーとデジタルサービスをつなぐ「物理的な接点(タッチポイント)」として機能します。
従来型開発とIoT開発の比較
| 項目 | 従来の製品開発(売り切り型) | IoT製品開発(サービス融合型) |
| 価値の源泉 | ハードウェア単体の機能・性能・品質 | ハードウェアを通じて得られる体験・データ・利便性 |
| デザインの対象 | 筐体の造形、色、持ちやすさ | アプリUI、通信挙動、サポートを含む体験全体 |
| 顧客との関係 | 購入時がピーク(その後は希薄化) | 購入後もアップデートや通信を通じて関係が継続する |
| 失敗の要因 | 機能不足、デザインの陳腐化 | 設定が面倒、アプリと本体の挙動不一致、通知が不快 |
このように、IoT製品では「筐体だけかっこいい」、あるいは「アプリだけ使いやすい」という個別最適では、優れたユーザー体験は生まれません。両者をシームレスに統合する視点が必要です。
工業デザインとサービスデザインの「融合」がもたらす価値
サービスデザインの思考を工業デザインに取り入れることで、製品は単なる「便利な機械」から「生活のパートナー」へと進化します。具体的には以下の3つの価値が生まれます。
1. 「設定の壁」を超えるUX設計
IoT製品の最大の離脱ポイントは、購入直後の「初期設定(セットアップ)」です。Wi-Fi接続の失敗やBluetoothペアリングの煩雑さは、ユーザーの期待を一瞬で冷めさせてしまいます。
優れた工業デザインは、この障壁を取り除きます。例えば、接続待機中にはLEDが穏やかに明滅し、接続完了時には明確なクリック音や振動でフィードバックを返す。コネクタの形状を工夫し、迷わずケーブルを挿せるようにする。
サービスデザイン側で設計されたオンボーディング(利用開始プロセス)を、物理的なデザインが「触感」や「光」でサポートする関係性が重要です。
2. データを目に見える形にする(可視化)
IoTの本質はデータの活用ですが、データそのものは目に見えません。スマホを取り出し、アプリを立ち上げなければ状況がわからないというのは、ユーザーにとってストレスです。
工業デザインは、センサーが取得した情報(空気の汚れ、心拍数、室温など)を、直感的な物理現象へ変換します。空気が汚れたら筐体がわずかに赤く発光する、あるいは通知があるときだけアイコンが素材の下から浮かび上がるといった表現です。これはアンビエント(環境に溶け込む)インターフェースと呼ばれるアプローチであり、アプリを開く手間なくサービスの恩恵を感じさせる重要な手法です。
3. 愛着と継続利用の促進
サブスクリプション型のIoTサービスでは、デバイスが長く愛用されることが事業収益(LTV)に直結します。
手触りの良いシボ加工、インテリアに馴染むファブリック素材、経年変化を楽しめる真鍮やレザーの採用などは、ユーザーの「愛着」を育みます。デジタルサービスが無機質になりがちだからこそ、物理的な温かみや質感が、競合との決定的な差別化要因となります。
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83Designの成功事例にみる「融合」の実践
ここでは、83Designが実際に開発・デザインに関わり、国際的なデザイン賞(Red Dot Design Award: Best of the Best / iF Design Award: GOLD)を受賞した事例をもとに、融合のポイントを解説します。
事例:NTTソノリティ「nwm ONE」
課題:
「周囲の音を聞きながら、自分だけの音も楽しむ」という新しい聴覚体験(サービス)を、どのように形状として具現化し、ユーザーに受け入れさせるか。
解決策(融合のアプローチ):
- 技術の翻訳(PSZ技術の可視化)
NTTのコア技術である「PSZ(パーソナライズドサウンドゾーン)」は、スピーカーなのに音漏れを防ぐという画期的なものですが、目には見えません。私たちはこれを、耳を完全に塞がない「デュアル・ループデザイン」という特徴的な造形で表現しました。「耳が空いているのに音が漏れない」という驚き(体験)を、一目でわかる形状(工業デザイン)に落とし込んでいます。 - 長時間利用を前提としたUX
「一日中着けていられる」というサービス要件を満たすため、約185gという超軽量化を実現し、側圧(耳への圧迫感)を極限まで低減しました。これは、単なるスペック競争ではなく、「常時接続」というサービス体験を実現するための必須条件としてのデザインです。
その他分野での融合ポイント
| 製品分野 | サービスデザインの視点(体験) | 工業デザインの視点(物理) | 融合のポイント |
| スマートホーム (見守り・空調) | 家族の安心安全 快適な自動制御 | 威圧感のない造形 家具に馴染む素材 プライバシー配慮 | 「監視されている」感覚を消す柔らかいCMF(色・素材)と、物理的にレンズを塞げるシャッター構造が、心理的な導入障壁を下げる。 |
| 産業用IoT (予知保全) | ダウンタイムゼロ 遠隔からの稼働監視 | 過酷な環境への耐性 誤設置を防ぐ構造 直感的な警告表示 | 現場作業員がマニュアルなしで扱える設置性と堅牢性が、正確なデータ収集(サービス品質)を担保する。 |
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83Designが実践する「融合」の開発プロセス
私たち83Designは、単に形の良い筐体を作るだけでなく、技術と顧客の間に横たわる溝を埋め、事業として成立させるためのデザインエンジニアリングを提供しています。
Phase 1: UX要件定義(UX Requirements Definition)
仕様書を書く前に、「誰に、どのような体験を提供するのか」を定義します。
多くのプロジェクトで陥りがちな「高機能だが使いにくい」状態を防ぐため、技術的な制約(Feasibility)を理解した上で、最適なインターフェースと体験フローを設計します。ここでは、ユーザーの行動や感情を可視化する「カスタマージャーニーマップ」を活用し、ハードウェアとアプリの役割分担を明確にします。
「この操作はアプリでやるべきか、本体の物理ボタンでやるべきか?」という議論を、開発初期に行うことが重要です。
Phase 2: 検証用プロトタイピングと「ノイズ」の排除
IoT開発では、PoC(概念実証)の段階でつまずくケースが多々あります。その原因の一つが、試作品の完成度が低いために、被験者が操作性や見た目の悪さ(ノイズ)に気を取られ、本質的なサービスの価値を検証できないことです。
83Designでは、検証の目的に合わせてプロトタイプの解像度をコントロールします。
- 紙芝居プロトタイプ: あえて作り込まず、利用シーンの文脈だけを検証する。
- 高忠実度プロトタイプ: 製品同等の見た目と重さ、クリック感を持たせ、アプリの反応速度との同期など、繊細な使用感を検証する。
これにより、「体験の質」を正しく評価できる環境を整えます。
Phase 3: エコシステム・ビルディング(Ecosystem Building)
IoTは単独では機能しません。通信、クラウド、アプリ、そして製造パートナーなど、複雑な関係性の中で成り立っています。
私たちは「エコシステムマップ」を作成し、自社製品がビジネス環境全体の中でどのような立ち位置にあるか、どのパートナーと連携すべきかを可視化します。特に、製造力を持たないスタートアップ企業や、ソフトウェア中心の企業に対しては、最適な製造パートナーとの座組(サプライチェーン)までを含めたデザイン支援を行います。
まとめ:IoTにおけるデザインは「体験の翻訳」である
IoT製品における工業デザインとサービスデザインの融合とは、目に見えないデジタルな価値を、人間が理解し触れられる物理的な形へと「翻訳」する作業です。
- UX起点で仕様を決める: ハードウェアありきではなく、理想の体験から逆算する。
- 物理とデジタルの継ぎ目をなくす: アプリのUIと筐体の操作感を一つのサービスとしてデザインする。
- 検証と改善を繰り返す: プロトタイピングを通じて、体験の質(解像度)を高める。
83Designは、工業デザインの専門性を核にしながら、事業開発やサービスデザインの領域まで踏み込み、企業の技術(シーズ)を市場価値へと変換するパートナーです。形を作るだけでなく、その先にある「ユーザーの生活」と「事業の成功」を共にデザインします。
IoT開発・デザインのご相談はこちら
83Designでは、IoTデバイスの新規開発から、既存製品のアプリ連携リニューアルまで、デザインとエンジニアリングの両面からサポートしています。
「技術シーズはあるが、どんな体験に落とし込めばいいかわからない」
「試作まではできたが、量産化やアプリ連携の壁に当たっている」
といった課題をお持ちの開発者様・事業者様は、ぜひお気軽にご相談ください。プロジェクトの初期段階における壁打ち(無料相談)から、具体的な仕様策定まで、フェーズに合わせた支援が可能です。
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