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Creating “Delightful Dissonance” by Design: 83Design’s Sculptural Philosophy Behind the Decade-Long Success of the MC01 Mug.

「かわいい」

「なんだか、気になる」

2016年の発売以来、多くのユーザーからそんな声をいただき、静かに、しかし長く愛され続けてきたマグカップ『MC01』。

一見するとシンプルで、どこにでもありそうなマグカップに見えるかもしれません。しかし、その造形には、工業デザイン事務所である83Designならではの、緻密な計算と、「違和感」をあえて作り出す設計思想が隠されています。

発売から約10年。

トレンドが目まぐるしく移り変わる現代において、なぜMC01は古びることなく、トレンドが目まぐるしく移り変わる現代において、なぜMC01は単なる日用品として埋もれることなく、私たちの日常の中で静かな存在感を放ち続けているのでしょうか。

今回は、83Designの代表であり、MC01のメインデザイナーである矢野宏治にインタビューを実施。開発当時のエピソードを紐解きながら、この小さなプロダクトに込められた「違和感の正体」に迫ります。

(聞き手:83Design 広報担当)


10年経っても、「直す場所」が見つからない

── MC01が世に出てから、まもなく10年が経とうとしています。改めて今、ご自身の目の前にあるこのマグカップを見て、率直にどう感じますか?

矢野: そうですね……。改めて見ても、「かわいいな」と思いますね。もっと良いデザインにしたいというのは常に思ってはいますが、やっぱりいいデザインだなと、変わらず評価できています。

── 10年という月日が経つと、デザイナーとしてのスキルや視点も変化すると思います。「当時の自分は若かったな」とか「今だったらここを直すのに」といった部分は、本当にないのでしょうか?

矢野: パッと見た感じでは、直したい部分はほぼないですね。もし今、ゼロから「83Designのマグカップを作れ」と言われて死ぬほどスケッチをしたとしても、結局は近しい発想のデザインに戻ってくると思います。

── 完全に「完成されている」ということですね。

矢野: 強いて言うならば、製造の観点ですね。「もう少し工場が作りやすい形状」に修正できればよかったかも、という思いは若干あります。焼き物(陶磁器)というのは、図面通りにピシッと仕上がる工業製品とは違いますから、歩留まりや手間の面で現場には苦労をかけている部分があるので。

── では、もしリニューアルするとしたら、その「作りやすさ」を優先して形を変える可能性はありますか?

矢野: いえ、それはないです。

もし、製造効率を優先して「簡単に作れる形」にしてしまったら、世の中に無数にある他のマグカップとの「差分」がなくなってしまうんです。

僕たちはデザイン会社ですから、自分たちが世に出すプロダクトにおいて、他との違い、つまり「個性」や「独自性」は絶対に守らなければなりません。作りやすくするために角を落としたり、カーブを緩めたりしてしまえば、それはもうMC01ではなくなってしまう。だから、形に関しては「変える理由がない」というのが正直なところです。


デザインの核心は「高台」と「取っ手」のバランスにあり

── ここからはMC01のデザイン、特にその独自のプロポーションについて伺います。一見シンプルですが、どこか普通のマグカップとは違う佇まいがあります。造形として、一番こだわったポイントはどこでしょうか?

矢野: 最も難易度が高く、かつ一番うまくいったと思っているのは「全体のサイズ感とバランス」ですね。

具体的に言うと、「しっかりとした高台(こうだい)」をつけること、そして「取っ手の位置を下げる」こと。この2つの要素の配置関係がこのマグカップの独特な雰囲気を生み出しています。

── 「高台」というと、底にある台座のような部分ですね。確かにMC01の高台は、かなり高さがあって存在感があります。

矢野: そうです。実は、世の中にあるマグカップを見渡してみると、これだけしっかりとした高台がついているものは意外と少ないんです。安価なものに限らず、多くの製品は底が平らだったり、高台があってもごく僅かだったりします。

── 言われてみればそうですね。なぜ、あえて製造の手間が増える高台を強調したのでしょうか?

矢野: それは「佇まい」のためです。

しっかりとした高台があることで、カップ本体がテーブルから浮いているように見え、軽やかな印象になります。この高台の横幅、くびれの深さ、それに対する本体のボリューム感。ここを徹底的に調整することで、単なる食器ではなく、ひとつの物体としての存在感を持たせようとしました。

── そしてもう一つの特徴が、この丸い取っ手です。一般的な位置よりも、かなり下についていますよね。

矢野: そうですね。実はこの「取り付け位置」と「サイズ感」のバランスについては、コンマ数ミリ単位でひたすら研究を重ねた部分なんです。

その上で、この取っ手の形状を「丸(円)」にしたことにも、明確な意図があります。

── 丸にした意図とは?

矢野: コーヒーやお茶を飲む時って、どういう気分ですか? 「よし、これから戦うぞ!」と気合を入れる時というよりは、仕事の合間に一息ついたり、朝のリラックスしたい時間に飲むことが多いですよね。

── 確かに。ほっとしたい時に使います。

矢野: そうなんです。エナジードリンクのレッドブルを飲む時のような「高揚感」ではなく、「リラックス」を求めている。だから、角のある鋭利な形状よりも、角のない「丸い形状」の方が、心理的にも手に触れた感覚的にも心地よいと考えました。

── なるほど。「丸」である必然性があったんですね。

矢野: もう一つの理由は、「カップ」というモノが持つ造形言語です。マグカップは上から見れば「円(縁)」でできていますよね。その「円」という要素をそのまま取っ手にも反復させることで、造形的なノイズを減らそうという意図がありました。


83Designの真骨頂、「心地よい違和感」の作り方

── 高台による浮遊感と、低い位置にある丸い取っ手。それぞれの理由は分かりましたが、それらが組み合わさることで、独特の雰囲気が生まれている気がします。

矢野: そこが一番のポイントです。

僕はよく「心地よい違和感」という言葉を使うんですが、MC01はその考え方がよく出ています。

── 心地よい違和感、ですか。

矢野: はい。完全に調和しすぎて何の特徴もないものではなく、かといって奇抜すぎて使いにくいものでもない。

「円」というシンプルな要素を使っているのに、それを低い位置に配置し、本体に少し食い込ませることで、見たことあるようでない、不思議なバランスを作っています。

この「ちょっとしたズレ」や「引っかかり」が、人の心に「違和感」として残る。でも、それは不快なものではなく、愛着に変わるような心地よいものです。この違和感のさじ加減こそが、僕たちデザイナーの腕の見せ所だと思っています。

── その「さじ加減」は、やはりプロにしか出せないものでしょうか?

矢野: そう思います。

MC01は、どこか絵本の中に出てきそうな「ファンタジックな雰囲気」を持っていますが、実はその裏で、工業デザイン的なロジックで徹底的にバランスを追及しています。

もしデザイナーではない人が「ファンタジックなマグ」を作ろうとしたら、もっと装飾的でゴテゴテしたものになってしまうかもしれない。そこを、引き算して、要素を整理して、でも冷たくならないギリギリのラインで止める。

デザイナーならではの視点やアプローチによって、この独自のデザインにたどり着いたと自負しています。


工業製品のロジック vs 焼き物の曖昧さ

── しかし、相手はプラスチックではなく「焼き物」です。普段の工業デザインのように、0.1mm単位の指示通りにはいかないことも多かったのではないでしょうか?

矢野: まさにその通りで、一番苦労したのは「R(アール/曲面)」の処理ですね。

樹脂や金属の製品であれば「ここは半径3mmのRで」と指定すればある程度はその通りになりますが、焼き物は焼成時に収縮したり、釉薬(ゆうやく)の厚みで角が丸まったりして、どうしても形状が「ぬるく」なりがちなんです。

── 特にこのMC01は、取っ手と本体の接合部が繊細ですよね。

矢野: そう。取っ手の円と、本体の円筒が交わる部分は、鋭い「谷」のような形状になります。ここに釉薬が溜まってRがつきすぎると、ボテッとした締まりのない形になってしまう。「工業製品としてのシャープさ」と「焼き物の温かみ」の境目をどうコントロールするか。

ただ、そのあたりの品質管理に関しては、担当者さん(西海陶器の方々)に本当に助けられました。

── といいますと?

矢野: こちらが指定したクオリティに満たないものが僕らの手元に届かないよう、西海陶器さんが現場で厳しくチェックして、事前に弾いてくれていたんです。

「83Design基準」を理解し、質の低いものが決して回ってこないように抑えてくれていた。そのおかげで、僕らは品質管理の苦労をほとんど感じることなく、理想的なプロダクトを世に出すことができました。

── ちなみに、そもそもなぜ最初のプロダクトに「陶磁器」を選んだのですか?

矢野: シンプルに陶磁器が好き、という部分は大きいですね。ただ、現実的にはコストとリスクの話でした。

プラスチックや金属で製品を作ろうとすると、数百万円という「金型代」がかかります。自社で最初のリスクを背負うにはハードルが高かった。そこで、金型投資が抑えられる陶磁器を選びました。


言葉がいらないデザイン

── 発売されてから早10年、MC01は売れ続けています。

矢野: 一番嬉しいのは、説明なしで「かわいい」と言って手に取ってもらえることですね。

僕らが何も仕掛けていないのに、有名な映画の小道具として使われていたり、ハイロックさん(https://www.instagram.com/hirock_fnd/)のような著名なクリエイターがラジオで勝手に紹介してくれたりしたこともありました。

── それはすごいですね!

矢野: 広告費をかけて宣伝したわけでも、説明書きを大量につけたわけでもない。ただモノとしてそこにあるだけで、直感的に「いいな」と思ってもらえる。

「言葉にできないことを伝えたくて、モノを作っている」という側面もありますから、説明不要でお金を払ってもらえるモノを作れたというのは、デザイナーとして純粋に嬉しいことです。

── 最後に、83Designが目指すデザインの姿勢について伺います。「生活に溶け込むデザイン」を目指しているのか、それとも「個性が際立つデザイン」を目指しているのか。

矢野: どっちもです。というか、「溶け込むだけ」ではつまらないと僕は思っています。

── つまらない、ですか。

矢野: 世の中には「生活に溶け込む、主張しないデザイン」を良しとする風潮もありますが、本当にそれだけでいいのかなと。溶け込みすぎて存在感のないものを、人は10年も愛し続けてくれるでしょうか?

生活に馴染むんだけれど、どこか「引っかかり」がある。

MC01で言えば、あの高台の立ち上がりや、低い位置にある丸い取っ手がそうです。日常の風景の中に、計算された「心地よい違和感」を投じること。それが、83Designのプロダクトであり、クライアントワークにおいても僕たちが提供したい価値なんだと思います。


【編集後記】

「言葉にできないから、モノを作っているんです」 

インタビューの終盤、矢野はそう漏らしました。それは決して説明を放棄しているわけではなく、言葉で伝える努力を尽くした上で、それでもなお言葉からこぼれ落ちてしまう魅力を信じているからこその言葉でした。 

論理的に積み上げられた設計と、理屈を超えた「かわいさ」。

その両極端な要素を、ひとつのマグカップの中に同居させる。10年前に生まれたMC01は、83Designの「違和感の作り方」への執念が凝縮された、まさに「原点」と呼べるプロダクトでした。

▼ MC01 マグカップの商品ページはこちら

https://83design-shop.com/items/56a047c8bfe24c3cec006306