医療機器の開発において、優れた技術力だけでは市場での成功を約束できない時代になりました。各社の技術水準が拮抗する中で、使用者にとっての使いやすさや安心感をもたらす工業デザインの重要性が増しています。本記事では、国内外の医療機器メーカーが実現した8つのデザイン事例を通じて、医療現場におけるデザインの役割と価値を明らかにします。
なぜ工業デザインが医療機器開発の成否を分けるのか

医療機器の分野では、技術開発と並行してデザインへの投資を行うことが、製品の市場競争力を左右する要素となっています。規制当局もユーザビリティへの対応を求めており、使い手にとって安全で使いやすい設計は法規制上も必須要件です。医療現場では、ヒューマンエラーの防止と作業効率の向上が課題となっており、これらを解決するデザインの力が求められています。
技術性能だけでは差別化できない医療機器市場の現実
医療機器メーカー各社の技術レベルが成熟し、性能面での差が縮まる中で、製品の差別化要因としてデザインが注目されています。
高度な機能を備えた医療機器であっても、医療従事者が直感的に操作できなければ、現場での活用は進みません。複雑な操作手順は習熟に時間を要し、医療スタッフの負担となるだけでなく、誤操作のリスクも高めます。
患者側の視点から見ても、デザインの影響は小さくありません。無機質で威圧感のある機器は、患者に不安や抵抗感を与え、検査や治療への心理的なハードルを上げる可能性があります。
一方で、人間中心の設計思想に基づいたデザインを持つ医療機器は、医療従事者には効率的で質の高い医療の提供を可能にし、患者には安心感をもたらします。技術力とデザイン力の両立が、これからの医療機器に求められています。
FDA・薬機法が求めるユーザビリティエンジニアリングへの対応
医療機器の規制当局は、世界的にユーザビリティへの対応を重視する姿勢を強めています。
米国のFDA(食品医薬品局)では、医療機器の承認申請時にヒューマンファクター(人間工学)に関するデータの提出を求めています。2016年には「医療機器へのヒューマンファクター/ユーザビリティエンジニアリング適用指針」を発出し、使用者にとって安全で使いやすい設計であることを要求しています。
日本でも同様の動きがあり、薬機法に基づく承認審査においてユーザビリティエンジニアリングへの対応が重視されています。これに対応した国内規格として「JIS T 62366-1:2022(医療機器のユーザビリティエンジニアリング適用)」が制定されました。
使い手の視点に立った安全で使いやすい設計は、単なる付加価値ではなく、医療機器開発における必須要件となっています。
出典:日本産業標準調査会 JIS T 62366-1:2022
ヒューマンエラー防止と医療従事者の作業効率化への要求
医療現場におけるヒューマンエラーの多くは、機器の使いにくさに起因しているという指摘があります。
米国NAMSAの報告によれば、FDAに毎年報告される医療機器関連インシデント約10万件のうち、3分の1以上が使用者のミスによるものと推定されています。複雑すぎる操作画面や分かりにくいボタン配置は、医療従事者の操作ミスを誘発し、医療安全を脅かす要因となります。
出典:NAMSA 医療機器におけるヒューマンファクターとユーザビリティ
医療現場で求められるのは、誰もが直感的に操作できて誤操作を起こしにくいデザインです。画面レイアウトやボタン配置を工夫するだけで、看護師や技師の作業時間を短縮し、ミスを削減できる可能性があります。
作業効率の向上という観点でも、デザインの役割は大きいものがあります。操作が分かりやすく、必要な情報が一目で把握できる機器は、医療従事者の負担を軽減し、本来注力すべき患者ケアにより多くの時間を割くことを可能にします。
事例1|新生児用人工呼吸器LEONI 4(ローエンシュタイン社)
ドイツのHeinen und Löwenstein社が開発した新生児集中治療向け人工呼吸器「LEONI 4」は、30年以上にわたる新生児人工呼吸の専門知見を基に設計された製品です。高い技術的信頼性に加えて、大画面タッチパネルと統一された操作体系により、誰にでも扱いやすいユーザーインターフェースを実現しました。この製品は、直感的な操作デザインによって医療スタッフの作業効率を高め、同時に新生児の両親の不安軽減にも貢献しています。
大画面タッチパネルと統一操作系による直感的な操作設計
LEONI 4の特徴は、タッチスクリーン付きの一体型操作パネルにあります。
https://loewensteinmedical.com/au-en/information-on-leoni-4
必要な機能や設定を視覚的に分かりやすく表示することで、ユーザーは複雑な手順に悩まされることなく、直感的に必要な調整を行えます。操作系を統一しシンプルにまとめることで、「見る→触れる→操作が完了する」というシームレスな使用体験を提供しています。
この設計により、新人スタッフでも短時間で安全に操作できるようになり、ベテランにとってもストレスなく素早い対応が可能になりました。最小限のトレーニングで扱える俊敏なシステムを追求した結果、機器の習熟にかかる負担が軽減されています。
新生児医療のような一刻を争う現場では、直感的に使えることが重要です。開発元は「直感的な操作で、生命を救う優しい人工呼吸を実現する」と製品コンセプトを表現しており、高度な技術を誰もが引き出せるデザインによって、その理念を実現しています。
医療スタッフの作業効率向上と親の不安軽減を同時に実現
LEONI 4の優れた操作デザインは、医療従事者と患児の家族の双方に恩恵をもたらしています。
操作が直感的で機敏に行えるため、新生児集中治療室のスタッフは煩雑な機器操作に時間を取られることなく、より本質的なケアに専念できます。従来機種と比べて設定変更や監視確認にかかる時間が短縮された結果、看護師や医師は患児の状態観察や両親への説明により多くの時間を充てることができています。
新生児の両親にとって、わが子が集中治療を受けている状況は精神的負担を伴います。そのような中で、医療スタッフが機器操作に追われず、赤ちゃんに優しく触れ合いながら丁寧に状況を説明してくれることは、家族の安心感に直結します。
LEONI 4は操作系をシンプルにまとめ、大画面で情報を一目で把握できるようにしたことで、スタッフが患児と家族に向き合う時間を最大化する設計となっています。機械だらけのNICU(新生児集中治療室)においても、人間的なケアと最先端医療技術の両立を可能にしたデザインです。
事例2|完全ディスポーザブル内視鏡オペラスコープ(テルモ)
テルモが2023年9月に発売した「オペラスコープ」は、国内初の完全ディスポーザブル(使い捨て)硬性内視鏡として医療界に衝撃を与えました。子宮鏡本体に小型液晶ディスプレイを一体化し、照明・カメラ・モニターなど必要な機能をすべて1パッケージに収めた革新的な設計により、従来は大病院でしか実施できなかった子宮内視鏡下手術をクリニックの外来レベルで行える可能性を拓きました。
必要機器すべてを1パッケージに集約した革新的設計
従来の子宮内視鏡検査・治療システムは、モニター・光源装置・カメラユニットなど多数の外部機器を接続する必要があり、大掛かりな設備と徹底した滅菌作業が求められていました。
https://www.terumo.co.jp/newsrelease/detail/20230921/9986
オペラスコープでは、この課題を根本から解決しています。子宮鏡本体に小型液晶ディスプレイを一体化し、照明・カメラ・モニターなど必要な機能をすべてパッケージ内に収めたことで、単体で観察と治療を完結できる設計を実現しました。外部装置を別途準備する必要がなくなり、煩雑なセッティング作業も不要になっています。
さらに、この製品は完全ディスポーザブルであり、包装から取り出した時点で既に滅菌済みとなっています。子宮鏡本体から先端の鉗子(処置具)類、内蔵ディスプレイに至るまで、使用前の滅菌作業を一切省略できる点が画期的です。
手術用途に応じて先端形状の異なる5種類の使い捨て鉗子が用意されており、目的に合わせて挿入してポリープ切除や組織採取が行えます。2024年度グッドデザイン賞の審査委員も「光源・ビデオ・モニターなど必要なものが全てパッケージに入っており、滅菌の手間も省ける画期的なデザインソリューション」と評価しています。
大病院でしかできなかった処置をクリニックで可能に
オペラスコープの登場により、医療提供体制そのものが変わる可能性が生まれています。
従来型の硬性子宮鏡システムは、大型装置類の導入コスト・スペース確保が課題で、中小の医療機関では設備を整えられないケースが多くありました。その結果、子宮ポリープの切除など比較的軽微な処置であっても、入院設備のある病院まで患者が出向き、入院して手術を受ける必要が生じていました。
オペラスコープは5万円程度と低コストで、使い捨てのため使用後の洗浄・滅菌も不要です。この導入ハードルの低さによって、多くのクリニックや中規模病院でも子宮鏡検査・治療を外来日帰りで提供できるようになると期待されています。
グッドデザイン賞の評価コメントでも「軽微なポリープ除去を日常的に通院するクリニックでも行える可能性を拡げ、多くの女性の治療負担軽減につながる」点が評価されました。単なる機器の小型一体化に留まらず、医療アクセスの改善と患者のQOL向上に寄与するデザインです。
事例3|細胞培養プラットフォームQuantum Flex(テルモ)
テルモの「Quantum Flex(カンタムフレックス)」は、再生医療向けの細胞培養作業を自動化・密閉化したプラットフォームです。従来は人手による作業が中心で、コンタミ(汚染)リスクやヒューマンエラーの問題が課題となっていた細胞培養工程を、完全自動・閉鎖系のシステムで実現しました。この製品は2024年度グッドデザイン賞を受賞し、再生医療の実用化を加速させる革新的なインフラとして期待されています。
人の手を介さない完全自動・密閉型システムの実現
従来の細胞培養では、クリーンルーム内で培地交換や移植など多くの工程を手作業で行う必要がありました。
Quantum Flexは、内部に中空糸膜型の小型バイオリアクターを搭載し、各種ポンプやセンサーによって培養工程のほとんどを自動化しています。培養から収穫に至るまでのプロセスは完全な閉鎖系(クローズドシステム)内で行われるため、外部からの微生物汚染リスクを軽減することに成功しました。
培養できる細胞種も多様で、間葉系幹細胞(MSC)やiPS細胞、T細胞など様々な細胞を培養可能な汎用プラットフォームとなっています。小型リアクターと標準サイズリアクターの付け替えにより、培養スケールのシームレスな拡大が可能で、少量から大量まで一貫した条件で培養できる設計です。
ソフトウェアも複数台の装置を統合管理できるものが搭載され、GMP(適正製造規範)への適合やデータ統合にも対応しています。人の手を極力排した全自動・密閉の細胞培養システムにより、細胞培養における人的リソース不足や品質ばらつきといった課題を解決しています。
再生医療の実用化を加速させ2024年グッドデザイン賞受賞
Quantum Flexは、再生医療分野における生産プロセスの標準化・効率化に寄与する製品として評価を受けています。
iPS細胞を用いた再生医療では、大量の細胞を安全かつ効率的に培養することがボトルネックの一つでした。Quantum FlexはすでにiPS細胞の自動培養工程確立に向けた研究に採用されており、京都大学iPS細胞研究財団との共同研究も進められています。
デザイン面でも、本製品は2024年度グッドデザイン賞を受賞しました。審査委員からは「大きな可能性を秘めた細胞療法の開発者向けにデザインされたコンパクトな自動細胞増殖システム」であり、「ほとんどのプロセスが自動化され、かつ機能的にも閉鎖されたプラットフォームが丁寧にデザインされている」と評価されています。
テルモは2024年、このQuantum Flexと前述のオペラスコープの2製品でグッドデザイン賞を受賞し、同社にとって29年連続の受賞となりました。先端テクノロジーに的確なデザインを与えることで新たな医療ソリューションを実現する好例です。
複雑な細胞培養工程をシンプルかつ安全にパッケージ化したこのデザインは、今後の再生医療の発展に欠かせないプラットフォームとして機能していくでしょう。
事例4|マルチポジションCT Aquilion Rise(キヤノン)
キヤノンメディカルシステムズの「Aquilion Rise(アクイリオン ライズ)」は、立位・座位・臥位の3体位で撮影可能な世界初の全身用マルチポジションCTです。ガントリ(CTのドーナツ状部分)が90度回転して上下動できる片持ち式の機構を採用し、患者が立ったまま、あるいは椅子に座ったまま体の断面撮影を行えます。この革新的な設計により、診断精度の向上と患者の心理的負担軽減の両立を実現しました。
https://jp.medical.canon/products/computed-tomography/aquilion-rise
立っても座っても撮影できる世界初の開放型CT設計
従来のCT装置は、寝台に患者を寝かせて撮影する臥位撮影が基本で、リング状ガントリに寝台が通るクローズドな構造でした。
Aquilion Riseではガントリを片側だけで支える開放型デザインにすることで、患者が横にならずに立ったまま、あるいは椅子に座ったままで体の断面撮影を行えるようになっています。この「開放型ガントリ+可動寝台」によって、1台で臥位・立位・座位すべての撮影スタイルに対応できる点が画期的です。
この世界初のCTは、慶應義塾大学病院の放射線科とメーカーの共同開発で誕生し、2025年2月に同院で1号機が稼働を開始しました。片持ち構造のガントリが重量物であるにもかかわらず高速回転し上下動するという高度な機構設計を実現しつつ、画像の空間分解能やノイズ特性など画質は従来の臥位専用CTと同等に保たれています。
CT装置にこれまでの常識を覆す自由度を与え、患者と検査の新しい可能性を切り拓いた点で注目されています。
診断精度の向上と患者の心理的負担軽減の両立
Aquilion Riseのマルチポジション撮影能力は、診断と患者体験の二方面でメリットをもたらします。
診断精度の点では、立位や座位での撮影により臥位では見つけにくかった病変の早期発見が期待できます。立位で撮影することで重力の影響下での臓器や組織の状態が分かり、ヘルニア(脱腸)や脊椎のアライメント異常など、寝た状態では顕在化しない問題を検出できる可能性があります。呼吸器系でも立った姿勢の方が自然な肺の膨らみが得られ、微小な肺病変の描出に寄与する場合があります。
患者の心理的負担軽減という面でも優れた設計です。従来のCT検査は狭い筒状のガントリの中に入る必要があり、一部の患者には閉所恐怖的なストレスを与えていました。本装置では片側が開いた構造で、立位・座位で受ける検査では周囲の空間が開放されているため、圧迫感や閉塞感が緩和されます。
特に子供や高齢者、閉所恐怖症の患者にとって、寝た姿勢でトンネルに入る必要がない検査は安心感が違います。また、自力で長時間横になるのが困難な重症患者でも、座位で短時間のスキャンができれば体力的・精神的負担は軽減されます。
立位・座位・臥位を1台でこなせるため、検査スケジュールの最適化や機器台数削減にもつながり、病院経営的にも有用な製品です。
事例5|Salvia Medical社のブランド転換(ドイツ)
ドイツのSalvia Medical社は、2013年に大胆なブランド刷新プロジェクトに取り組み、全製品ラインナップ(11種類)を統一デザインで一挙にリデザインしました。もともと人工呼吸器などをOEM供給していたメーカーでしたが、デザイン会社WILDDESIGNと協力したトータルブランディングにより、無名に近かった企業が一躍国際的なプレミアムブランドへと躍進した事例です。
https://www.wilddesign.de/work/salvia
全11製品を統一デザインで刷新したトータルブランディング
Salvia Medical社は、自社ブランドの確立と国際市場でのプレゼンス向上を目指し、わずか12か月足らずの期間で既存11製品のデザイン刷新と1製品の新規開発を成し遂げました。
プロジェクトでは、ブランド戦略の立案からプロダクトデザイン、UIデザイン、さらには企業ロゴやカラーコンセプト策定まで、全方位的なデザインマネジメントが行われています。新生Salviaブランドでは「Breathing like nature(自然のような呼吸)」というスローガンが掲げられ、それを体現するロゴマークと鮮やかなブランドカラーが導入されました。
カラーリングや筐体形状、操作パネルの意匠に至るまで、11製品すべてが一目で同じブランドと分かる統一デザイン言語でまとめられています。人工呼吸器「elisa 800」シリーズなど、各製品はフロントパネルの色彩やグラフィック要素が統一され、製品ごとの個別性を持たせつつもブランド全体で調和の取れた外観を実現しました。
製品デザインだけでなく、企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)全般も刷新されています。新しいロゴ、名刺やカタログ類、2013年の医療機器見本市Medicaのブースデザインまで統一されたブランドイメージで作り上げました。ブランドコンセプトを紹介する映像も制作され、公式サイトや展示会で活用されています。
製品からコミュニケーションツールに至るまで全方位でデザインを統制することで、短期間で新しいブランド像を打ち立てることに成功しました。
無名OEMメーカーから国際的プレミアムブランドへの躍進
Salviaのブランディング事例が特筆すべきは、無名に近かった企業がデザインの力で一躍国際的なプレミアムブランドへ躍進した点です。
プロジェクト開始当時、Salviaは他社ブランド製品の下請け製造で培った高い技術力を持ちながら、自社名での市場認知はほとんどありませんでした。デザインチームは「不統一で印象に残らないOEMメーカーを、医療テクノロジーのプレミアムブランドへと変身させる」ことを目標に掲げています。
刷新後のSalviaブランドは2013年のMedica国際見本市で劇的なデビューを飾りました。スタイリッシュで統一感ある製品群は来場者の注目を集め、Salviaは単なる新興企業ではなく「国際市場で勝負できる高品質ブランド」として認識されるようになりました。
その後数年でSalvia社は、刷新された製品群を武器に国際展開を加速させました。人工呼吸器「elisa」シリーズをはじめとする新デザイン製品は各種デザイン賞も受賞し、市場からも評価を得ています。
経営陣自身が「中途半端では意味がない」と判断し、製品すべてを同時に刷新する道を選んだといいます。この大胆な決断とデザイン投資が功を奏し、技術はあっても表舞台に出ていなかったメーカーが、一転して世界の医療機器市場で存在感を示すに至りました。
工業デザインが企業ブランディングと事業成果に直結した好例として、BtoBメーカーに示唆を与える事例です。
事例6|小型超音波診断装置SONIMAGE MX1(コニカミノルタ)
コニカミノルタの小型超音波画像診断装置「SONIMAGE MX1(ソニマージュ エムエックスワン)」は、綿密な医療現場観察に基づいてデザインされた製品です。インハウスデザイナーたちが自ら病院や診療所の現場に足を運び、医師が超音波検査・診療を行う様子を徹底的に観察することで、本当に求められるデザイン要件を見極めました。その結果、国内の主要デザイン賞を総なめにし、デザインミュージアムに永久収蔵されるという栄誉を手にしています。
徹底した現場観察から生まれた使いやすさの追求
SONIMAGE MX1の開発では、製品コンセプト策定の初期段階から現場観察が重視されました。
https://www.konicaminolta.jp/healthcare/products/us/sonimage-mx1/index.html
インハウスデザイナーたちは複数の診療科での観察・ヒアリングを通じて、医療現場での状況や課題を丁寧に洗い出しました。医師と患者の視線の動き、会話の仕方、手の動きなど細部の「ふるまい」にまで目を向けることで、使いやすさを高めるポイントを発見していきました。
観察の中でデザイナーたちは、医師がエコー検査中に「機器の画面」「プローブ(探触子)を当てている手元」「患者の顔つき」の三箇所へ頻繁に視線を行き来させていることに気付きました。プローブを操作しながらモニター画像を確認し、同時に患者に声かけや表情確認を行う必要があるためです。
この視線移動をいかに短くし、医師がより患者との対話に集中できるようにするかが使いやすさ向上の鍵であると洞察した開発チームは、ハードウェアとソフトウェア両面でUI配置や機能構成を見直しました。画面表示を見やすい角度・位置に調整し、操作パネルも手元を見ずに操作しやすい配置へ再設計しています。
開発の各段階でコンセプトモデルのプロトタイピング、現場での評価、フィードバックによる改良を繰り返し行い、ユーザビリティを徹底的に磨き上げました。このようなユーザー視点アプローチにより、MX1は医師や検査技師にとって直感的かつ負担の少ない操作性を実現しています。
デザインミュージアム永久収蔵という最高評価の獲得
SONIMAGE MX1の優れたデザインと使い勝手は各方面で評価されました。
本製品は日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)の「デザインミュージアムセレクション」に選定される快挙を果たしています。JIDAデザインミュージアムセレクションは、優れた工業デザイン製品を収集・保管し後世に伝えることを目的とした顕彰制度で、デザインの「永久収蔵」に相当する名誉ある選定です。
選定理由では、航空機の手荷物クラスに収まる小型・軽量サイズと充電クレードル、大型ハンドルの採用による優れた携行性が評価されており、臨床現場のフレキシビリティ向上に寄与するデザインであることが読み取れます。
さらにMX1は、2018年度グッドデザイン賞や第49回機械工業デザイン賞も受賞しており、プロダクトデザインと工業技術双方の観点から評価されています。コンパクトな機体ながら従来据置型機並みの高画質を実現しつつ、現場目線のユーザビリティを追求した点が受賞理由として挙げられています。
国内の主要デザイン賞を総なめにし、デザインミュージアムに永久収蔵されたことは、本製品のデザインクオリティと社会的価値が認められた証です。現場観察を重視して練り上げたユーザビリティ指向のデザインは、医療従事者から患者まで多くの人々に恩恵をもたらし、デザイン界からも称賛される成果を生みました。
事例7|医療材料ブランドSALWAY(名優)
名優株式会社が2023年に立ち上げた医療器材の再生処理プロダクトブランド「SALWAY(サルウェイ)」は、「無菌性保証」という目に見えない価値をブランドコンセプトとして明確に打ち出した点が特徴です。
見過ごされがちだった再生処理の領域にデザインとブランディングでスポットを当て、わずか1年半で新規受注数32%増という成果を上げました。2024年度グッドデザイン賞金賞(最高賞)を受賞し、BtoB医療分野での明確な差別化に成功した事例です。
無菌性という見えない価値を視覚化したブランド構築
SALWAYという名前自体、Sterility Assurance Level(無菌性保証水準)の略称「SAL」と、それを達成する道筋(Way)を組み合わせた造語です。
ブランド名からして「無菌性を提供するブランド」であることが端的に示されています。病院の中央材料室(滅菌部署)向けの高度な洗浄・滅菌関連製品群にこのブランドを冠することで、従来は裏方業務として軽視されがちだった再生処理の重要性を世に訴える狙いがあります。
名優は元々、手術器材の洗浄用ブラシや滅菌確認用インジケータなど、再生処理に関わる様々な製品を輸入販売してきました。しかし各製品がバラバラに販売されていた状況では、その価値が十分伝わらず、市場でも埋もれがちでした。
そこでエイトブランディングデザイン社の協力のもと、再生処理関連製品を一連のブランドとして束ね、統一したデザイン言語とメッセージ性を持たせるブランディング戦略がとられました。製品パッケージデザインを刷新してSALWAYロゴとブランドカラーを明示し、ブランド紹介の動画や自社ウェブメディアで「無菌性保証の大切さ」を啓蒙するコンテンツを発信しています。
公式サイトでは「再生処理の『今』を伝えるJournal」や「現場インタビュー」などのコンテンツを掲載し、中央材料室で働くプロフェッショナルへのスポットライトを当てています。見えにくい価値である無菌性をブランドのテーマとして前面に押し出し、それを体現するデザインやストーリーを構築した点がSALWAYのブランディングの核心です。
BtoB医療分野での明確な差別化と市場ポジション確立
SALWAYブランドの立ち上げは、医療機器BtoBメーカーがブランディングで競合と差別化し、市場ポジションを確立した成功例として注目されています。
名優では当初、高性能マスクのBtoC展開を模索していましたが、ヒアリングの結果、自社の強みは再生処理工程すべてを網羅する製品群を持つ点にあると見出しました。洗浄・組立・包装・滅菌という再生処理の全プロセスに対応する製品を一社で揃えている国内メーカーは珍しく、ここに独自性と競争優位があると判断しました。
この戦略は功を奏し、ブランド開始から1年半でSALWAY全体の売上は前年同期比26%増、新規受注件数は32%増という成長を遂げました。また「他社(機器メーカー)から自社製品をSALWAYラインアップに加えてほしいという相談が来る」など、市場からの反響も得ています。
出典:AdverTimes BtoBメーカー発「SALWAY」、ブランド化で新規受注数32%増
これは、SALWAYが単なる名優の自社ブランドに留まらず、業界標準的なプラットフォームブランドとして認知され始めていることを示唆します。
デザイン面でも、SALWAYは2024年度グッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)という最高賞を受賞しました。審査委員は「日本の再生処理に変革をもたらし、欧州レベルの高度な再生処理が当たり前になることを目指して生まれたブランド」と評価し、業界全体を底上げするデザインの力が認められています。
見過ごされがちだった領域にデザインとブランディングでスポットを当て、明確な差異化を図ることで新たな市場地位を築いた好例です。名優の山根優一代表も「業界全体の地位向上を図る立ち位置をとることで支持を得た」と述べており、単なる企業利益でなく産業全体への貢献をも視野に入れたブランディングが共感を呼びました。
事例8|排泄予測デバイスDFree(トリプル・ダブリュー・ジャパン)
トリプル・ダブリュー・ジャパンが開発した「DFree(ディー・フリー)」は、尿のたまり具合を超音波で計測して排尿のタイミングを事前に通知する世界初の排泄予測ウェアラブルデバイスです。
技術的なユニークさに加えて、装着時の違和感を極限まで排した形状設計が評価されています。現在では世界50カ国以上に展開され、介護現場の負担を軽減する成果を上げています。
装着していることを忘れる違和感ゼロの形状設計
DFreeは下腹部に医療用テープで貼り付けて使用しますが、開発チームは「下腹部に付けるものだからこそ、違和感を徹底的に消さなければユーザーに受け入れられない」と考え、工業デザイナーとして愚直なまでに装着感の向上にこだわり続けました。
プロジェクト初期から参加した83Designは、繰り返しモックアップ(模型)を作っては実際に装着したフィードバックを収集し、形状・サイズ・装着方法の最適化を図りました。初期の試作ではシンプルな筐体で比較的平坦なデザインでしたが、ユーザーの体形や動きにフィットする曲面形状や軽量化、テープ部分の工夫など、難度の高い成形技術や新素材も積極的に取り入れつつ改善を重ねています。
その結果、現行のDFree製品は「装着感はいまが一番良い」と言えるほど違和感のない装着性を実現できたと開発者は述べています。つまり、着けていることを意識させない”透明な”デザインが完成しました。
ウェアラブルデバイス全般に言えることですが、特にDFreeのようにデリケートな部位に装着する機器では、ユーザーが煩わしさを感じないことが重要です。実際にユーザーからは「付けているのを忘れる」「思ったより気にならない」といった好意的な声が多く聞かれます。
テクノロジーを身体の延長のように感じさせるデザインを追求した点が、DFree成功の原動力となっています。
世界50カ国展開と介護負担の大幅軽減という成果
排泄予測デバイスDFreeは、世界50カ国以上で導入され、排泄ケアに変革をもたらしつつあります。
開発者である中西敦士氏は「世界5億人が抱える問題に挑む」と表現していますが、失禁や排泄の不安を抱える高齢者・障がい者、その介護者に対してDFreeは安心を提供しています。
介護施設では、DFreeを導入することで介助スタッフがトイレ誘導やおむつ交換の適切なタイミングを事前に把握できるようになりました。これにより、「まだ出ないのにトイレに連れて行く」「排尿後すぐ替えたのにまた失禁してしまう」といった無駄・負担が減り、介護する側・される側双方のストレスが軽減されたとの報告があります。
特別養護老人ホーム等での導入事例では、夜間の見回り回数が以前に比べ減少し、スタッフの負担軽減と入所者の睡眠確保につながったケースもあります。
DFreeは2017年の発売以来、日本国内のみならず欧米やアジア各国でも展開され、介護保険適用国も増えています。2023年時点で販売累計台数は数万台規模に上り、同種製品で市場シェアトップとなっています。
DFreeのデザインがこうした成果に寄与した点として、「恥ずかしさを感じさせない・他人から見えない配慮」が挙げられます。小型白色の本体は下着の中に隠れて他者の目に触れず、アプリ通知もスマートフォンで受け取るため周囲に知られません。プロダクトがユーザーのプライバシーと尊厳を守る設計となっていることが、普及の要因です。
違和感ゼロの装着デザインがユーザーの継続利用を支え、「いつの間にか排泄予測が日常の一部になり、外出や睡眠の不安が消えた」といった声も聞かれます。介護の在り方と利用者のQOLを変えるデザインです。
医療現場で求められるデザインの力

医療機器開発において、デザインは製品の外観を整えるだけの存在ではありません。技術と人間をつなぐインターフェースとして、そして医療の安全性・効率性・ブランド価値を高める戦略的要素として、デザインの役割は重要性を増しています。ここまで見てきた8つの事例が示すように、デザインへの適切な投資は確実なリターンをもたらします。
技術と人間性を融合させるデザインの価値
高度な技術も、それを受け取る医療従事者や患者に優しく寄り添う形で提供されて初めて効果を生みます。
近年の医療機器開発では、性能の追求に加えて使う人にとっての直感的操作性や心理的安心感が求められています。デザインは単なる「見た目」ではなく、人と技術のインターフェースとして機能します。LEONI 4のタッチパネルやSONIMAGE MX1のユーザー観察に基づくUIは、優れた技術を誰もが使える形に翻訳することで医療の質を高めた好例です。
また、デザインは患者や利用者の尊厳や快適さを守る役割も担います。Aquilion Riseの開放型デザインが患者の不安を和らげ、DFreeの違和感のない装着設計が高齢者の自立を支えるように、技術だけでは解決しきれない人間の感情や感覚にアプローチできるのがデザインの力です。
医療という人間の生命・健康に関わる領域では、冷たい機械的なアプローチよりも人間中心のあたたかみある設計が求められます。工業デザインは、テクノロジーと人間性をつなぐ架け橋として、その価値を発揮します。
各事例で見られたような「技術 + デザイン」の融合が、これからの医療機器に求められる姿です。
デザインへの投資がもたらす安全性・効率性・ブランドの向上
医療機器分野においてデザインに投資することは、安全性・効率性・ブランド価値の向上というリターンをもたらします。
ユーザビリティの高いデザインは誤操作やヒューマンエラーを減らし、ひいては患者の安全につながります。オペラスコープが日帰り手術を可能にして患者の安全・負担軽減を実現したように、良いデザインは医療の安全性と効率性を同時に押し上げます。
効率性の面でも、デザイン効果は顕著です。LEONI 4の直感的UIはスタッフの作業時間短縮に寄与し、Quantum Flexの自動化システムは研究・生産プロセスの効率を向上させました。Aquilion Riseは一台で多目的にこなせることで病院の検査運用効率を高め、DFreeは介護現場のムダを省いています。
さらに見逃せないのが、ブランド価値の向上です。Salvia MedicalやSALWAYの事例が象徴するように、統一的でメッセージ性のあるデザインは企業イメージを高め、市場での差別化をもたらします。SALWAYではブランド構築後わずか1年半で新規受注が32%増加し、グッドデザイン賞金賞の受賞によりブランドの信頼性・知名度も向上しました。
デザインへの投資が企業の競争力強化と事業成長にも直結した好例です。工業デザインは企業ブランディングの強力な武器であり、BtoBであっても感性に訴える差異化要因となります。
医療機器における工業デザインは、医療の安全性・効率性・快適性を高め、企業のブランド価値を創出するための戦略的投資です。その恩恵は患者の笑顔や医療者の働きやすさ、ひいては企業業績や業界全体の発展にまで波及します。テクノロジーの進歩が目覚ましい現代だからこそ、デザインの役割も重要性を増しています。
技術と人を結びつけ、新たな価値を創造するデザインの力が、これからの医療現場に一層求められています。